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10.落ちていた櫛(くし)

大阪府道路室道路環境課の池田時夫は今年で30歳になる。大阪府で働く地方公務員になってからもう8年たった。今、同僚の田中恭子と一緒に車で現場へ移動中である。
池田が話し始めた。

「今朝はいつにも増して道路が陥没したという問い合わせが多かったなあ」
「たしかに。ここ最近は少なくなっていたのに、急にまたですね」
「最初に起きたのっていつだったけ?」
「ええっと、たしか去年の8月ごろだったと思います」
「そうか…もう1年も続いているのか…」

すぐに現場に到着して、2人は今日の電話の主である男性が手を振っているのを確認した。本町通りから少し奥まったところだ。

「すいません、お電話頂いた山本さんですか?」
「はい、そうです」
「電話でおっしゃっていた穴というのは、これですね」

聞くまでもない。ここ1年以上断続的に続いている道路陥没事故とまったく同じ状態だった。池田はその初老の男性に感謝の気持ちを見せながら接している。

「今朝、犬の散歩をしていたら犬が騒ぎ出して、この穴から砂煙が上がっているのが見えたんよ」
「そうでしたか。お怪我は無かったですか?」
「ああ、大丈夫や」

田中は早速その穴の中を覗き込み、地面の硬さを調べ始めた。特にこれ以上陥没する危険性は無いと判断して、穴の中に入って次にアスファルトとの境目を調べている。

「あ、そうそう、これ」

男性は手に持っていた柘植の櫛を池田に手渡した。

「この穴の中にこれが落ちとったわ」

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