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9.暗越奈良街道

おりんは、ぼんやりしていた視界がすこしづつはっきりと見えるようになってきているのを待ちながら、左右の景色を見た。今まで見たことのない色や形のものがたくさん並んでいる。特に目の前にいくつも置いてある輪が縦に並んで荷を置く場所が外された壊れた荷車のようなものが、すべて日本刀のような色をしているのを見て、刃金で作られているのが恐ろしかった。

「いったい、どこへ来てしまったのかしら」

おりんは、ようやく正気に戻ると頭痛を堪えながら立ち上がる。どうやら自分の立っている場所が穴の中で、その周囲は一段上がって黒塀で張り巡らしてある床のように見えた。その床に白い絵具で直線が書いてあるように見える。

「ここは建物の中なの?けれど、屋根はないし、濡れ縁かしら」

そうしておりんはその床の上を歩いていく。その床というのはアスファルトで舗装された国道172号線いわゆる本町通りから北へ入った路地であった。おりんは舗装されているという道路を知らない。土もなく硬い床に見えたのである。

先ほどの夢の中で履き物がどこかへ飛んでいってしまったのか、さいわい、裸足であったのでそのアスファルトの床を歩くことに抵抗はない。午前中の日差しが秋の太陽から照りつけ、残暑の熱気をアスファルトに含ませている。

「なんと暖かい床かしら」
「お嬢さん、これはどうしたの、裸足やないの」

一人の女性が横の灰色の扉から出てくるなり話しかけてきた。その女性は年の頃40歳ほど、この古い小さな雑居ビルのオーナーであり、管理人兼掃除婦の都築静子であった。静子は目の前に裸足で歩く着物姿で色の黒い小娘を見て、これはコスプレではないなとすぐにわかった。

「あ、いえ、あの、ここはどこですか」
「本町通りと暗越奈良街道(くらがりごえならかいどう)の交差点よ。あなた、どこから来たの」
おりんは言葉を飲んだ。よく見ると目の前の女性は驚くほど肌も白く髪も長くてまるで姫君のように見えたからである。これは高貴なお方に違いない、そう思ったおりんは地面に座り込んで頭を下げた。

「あら、何 やってるの、立って立って、服 汚れるやないの」
「あの、わたしは、淀の方様のおつきのもので増田様家臣の文蔵の娘で…」

そう言いながらもおりんは大和国から暗峠を通って大坂まで続いている道がここだと言われて、まれに故郷へと帰郷する時の道とはあまりにも景色が違いすぎていて、何も受け止められないでいる。

静子はとりあえず、娘を建物の中に連れて行き、身なりを整えるように促した。おりんはおとなしくその中年女性の言う通りに従った。




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