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11.山里丸の隅櫓(すみやぐら)

突然暗闇に突き落とされた西郷隆盛は、気を失うことなくそのまま谷底に突き落とされたかのように木の壁に叩きつけられ、そのまま床に叩きつけられた。

「あいたた、これはどうした」

西郷は頭をさすりながら周りを見渡した。どこかの城の櫓の中にいるらしいことはすぐにわかった。石垣の上に作られた櫓の中には、鳥羽伏見の戦い以来、何度も入っている。特に大阪城から徳川慶喜が逃げ出した時には、城内をくまなく探したものだ。西郷は壁の隙間から外を覗いてみた。

「おや、これの景色は…」

西郷は、過去に見たことのある景色を思い出していた。石垣が見える。それもとても弓形に高く積み上げられた立派な城郭のようだ。堀もあり、水も十分に蓄えられている。これはかなり大規模な城だというのはすぐにわかった。

「大阪城ではないか?」

西郷は自分の目を疑ったが、こればかりは疑いようがない。大急ぎで櫓の出口を目指して外に出た。そこは曲輪になっており、その目の前に見えるのは黒くそびえ立つ大坂城であった。

「大阪城?いや、こんな黒くはなかったが…」

大阪城と呼ばれるのは江戸時代に入ってからである。そして、その時代には徳川家康によって大阪城は再建されている。ところが目の前に見えるのは黒い大坂城、つまり豊臣秀吉の時代に建てられたものなのだ。
その時、櫓の影から鎧で武装した男が駆け寄ってきた。

「何者だ!?」

西郷は、驚いて後ろを振り返るが、その男の姿を見てさらに驚いた。
戦国時代の合戦よろしく鎧兜を身につけて、腰には日本刀を下げている。右手には槍を持ってこちらに向け、今にも刺し殺そうとする勢いである。

「いや、待ってくれ、怪しいものではない」
「どこの町から迷い込んだ」

西郷は軽装で山を駆け巡っていた姿のままだったので、見た目は町民にしか見えなかったのだろう。頭髪も髷はない。鎧兜の男は槍を両手で持ち替えてジリジリと間合いを詰めてくる。

「わしの名は西郷隆盛と申す」
「そのような名は聞いたことがないわ」

西郷は驚いた。この日本で西郷隆盛の名を知らぬ者がまだいたのか…

「つかぬことを聞くが、ここは大阪城であるか」
「いかにも。秀頼公がおわす大坂城である」
「ひ、秀頼公???」

さらにその男の後ろから、どうしたどうしたと数人の男たちが駆け寄ってきた。

「なんじゃこの男は」
「何があったのじゃ」

西郷はもう一度後ろを振り返って天守を見上げた。確かに合戦絵図で見たことのある黒い大坂城である。

「お前、この山里丸の曲輪にどうやって入り込んだ。言ってみよ」
「山里曲輪?ここは山里曲輪なのか?」

西郷は少しづつ何が起きているかを把握し始めたが、納得まではできていない。西郷が知っている大阪城の山里曲輪の櫓も建物ももう幕末にはすべて焼け落ちていて、こんなに木造建築が立ち並ぶような場所ではない。

「こりゃあ夢か?」


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