記事一覧
動きすぎてはいけない!?――十三不塔『ヴィンダウス・エンジン』(ハヤカワ文庫SF)
(2020年12月20日シミルボン記事の再掲)
動かないものが見えなくなる奇病ヴィンダウス症。治療法がなく患者は徐々に世界を認識できず、やがて「白離」状態を経て、死に至る。主人公キム・フテンは、ヴィンダウス症から奇跡的な回復を遂げる。彼を除くと1名しかいないヴィンダウス症の回復者として、ある研究に協力するように頼まれ、中国へと向かう。そこで彼を出迎えたのは、それぞれの思惑を秘めた人たちであった。
人間はウソに弱い生き物であるーー石川幹人『だからフェイクにだまされる』(ちくま新書)
「だから」とタイトルにある。何に続く「だから」なのかといえば、人類がおよそ300万年前に始めてから進化によって獲得した心理的傾向(のまま)「だからフェイクにだまされる」のだ。「問題の根源は、人類の歴史で育まれた伝統的な心理構造が、比較的自由な現代の社会環境とミスマッチを起こしていることに人々が気づいていない点にある」と筆者はまとめている。進化心理学の見地から、生物種としての人間がもつ心理的傾向(バ
もっとみるハッシュタグの、隙間ーー『#ハッシュタグストーリー』(双葉社)
ハッシュタグでつなげられた四つの短編。麻布競馬場「#ネットミームと私」、柿原朋哉「#いにしえーしょんず」、カツセマサヒコ「#ウルトラサッドアンドグレイトデストロイクラブ」、木爾チレン「#ファインダー越しの私の世界」が収録されている。麻布競馬場とカツセマサヒコ目当てで読み始めた。麻布競馬場もカツセマサヒコも期待通りに面白かったのだが、今回初めて読んだ柿原朋哉と木爾チレンの作品も面白く、アンソロジーな
もっとみる「文化」は誰のものかーーカロリーヌ・フレスト『「傷つきました」戦争』(堀茂樹訳、中央公論新社)
筆者はフランスのジャーナリスト、評論家、映画監督。『シャルリー・エブド』にコラムも寄せる。反レイシズム、反差別主義者であるが、反アイデンティティ至上主義者である。近年、主にアメリカの大学内で、今ではその外へ、そしてヨーロッパにも広がっているアイデンティティ至上主義者(と筆者が呼ぶ)による「反レイシズム」が、実はレイシズム(人種主義)に行きつき、左派の希望とは裏腹に保守主義・右派を利するだけではない
もっとみるイノベーションは個人が起こすのではなく集団脳の累積的文化進化の結果である--ジョセフ・ヘンリック『WEIRD 「現代人」の奇妙な心理 下巻』(白揚社)
面白い&分かりやすいので下巻もサクサク読めたぞ。分厚いが註がたくさんついているので、思ったほど厚くはない。下巻は各章ごとに要約した。
8章 人類の歴史において一夫多妻制が多かったが、一夫一婦制が導入された。そもそも一夫多妻制も文化進化の結果であり、男性のみならず女性にも遺伝的な動機はある。いかに自分の遺伝子を多く残すか、という。一夫一婦制が一夫多妻制に競合する文化として進化したのは、男性のテスト
小麦帝国の侵略--ジョージ・ソルト『ラーメンの語られざる歴史』(国書刊行会)
(2019年10月15日シミルボン掲載の再掲)
本書は今や日本の国民食となったラーメンが、どうやって日本に入ってきて定着したか、戦後、どのように広がっていったか、今どうなっているかを詳細に語る。
速水健朗『ラーメンと愛国』が類書だが、それよりももっとかっつり史料をあさっている。手つきは学者。文献も日本のものは十分におさえてあるのだが、英語圏のものもあり、視点が広がる。
特に、戦後のアメリカ占
人類のデバッグは可能か--ダミアン・トンプソン『すすんでダマされる人たち』(矢沢聖子訳、日経BP社) 評
ジャーナリストのダミアン・トンプソンはデマ、フェイクニュース、陰謀論をひとまとめに「カウンターナリッジ(反知識)」と呼ぶ。原著2008年、翻訳も2008年で、いまから15年以上前なので、フェイクニュースという語は使われていないが、現在の文脈であればフェイクニュース(やポストトゥルース)が入るだろう。筆者が取り上げるのは、具体的には次のようなカウンターナリッジだ。
・9・11は米国政府が仕組んだ陰
見えないものへの不安と透明化への欲望--日本SF作家クラブ編『ポストコロナのSF』(早川書房)評
(2021年7月13日シミルボン掲載の再録)
いまやすっかり古くなった感もある言葉「新しい生活様式」。
マスクの常時着用、他人との身体接触をさける社会的距離=ソーシャルディスタンス、いわゆる三密の回避、オンライン/リモート化。1年でここまで変わるかというほどに、人々の暮らしと社会の様相は変化した。「コロナが落ち着いたらさ」と枕詞に会話しているとき、「新しい生活様式」はテンポラル(一時的)なもの