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読書熊録

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素敵な本に出会って得た学び、喜びを文章にまとめています
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2024年4月の記事一覧

人生がどうしようもなく変わってしまったときにどう生きる?ーミニ読書感想『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(谷川嘉浩さん)

人生がどうしようもなく変わってしまったときにどう生きる?ーミニ読書感想『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(谷川嘉浩さん)

哲学者・谷川嘉浩さんの『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(ちくまプリマー新書、2024年4月10日初版発行)が、学びになりました。衝動とは、自分でもコントロールできない、人生の針路を変えてしまうエネルギーのこと。これは人間内部から起こるモチベーションとは必ずしも一致しなくて、外部からやってくるものでもある。タイトルはポジティブですが、私はこれは、事故やトラブル、予期せぬ人生の転機に「それでも

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定型発達者に自閉症者の何が分かるのかーミニ読書感想『自閉症の僕が跳びはねる理由』(東田直樹さん)

定型発達者に自閉症者の何が分かるのかーミニ読書感想『自閉症の僕が跳びはねる理由』(東田直樹さん)

重度自閉症で会話が難しいなか、文字盤やパソコンによるコミュニケーション方法で発信を続ける東田直樹さんの『自閉症の僕が跳びはねる理由』(角川文庫、2016年6月25日初版発行)が、衝撃的でした。執筆当時13歳。「話せない」ということで顧みられなかった、内なる心、豊かな言葉。まっすぐに読者に届けてくれています。

私が買ったもので42刷。ASD(自閉スペクトラム症)当事者の本がこれだけ読まれているとい

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すこし不思議でシリアスで不思議―ミニ読書感想『冬に子供が生まれる』(佐藤正午さん)

すこし不思議でシリアスで不思議―ミニ読書感想『冬に子供が生まれる』(佐藤正午さん)

佐藤正午さんの最新作『冬に子供が生まれる』(小学館、2024年2月4日初版発行)は、佐藤作品らしさ全開、佐藤作品ど真ん中の物語でした。SFをサイエンス・フィクションではなく「すこし・不思議」の略だと解釈したのは藤子・F・不二雄さんだったか。佐藤作品もまさにすこし・不思議で、かつ、シリアスで不思議(SF)なのが良さだなと思います。

「今年の冬、彼女はおまえの子供を産む」(p5)。

本編の1ページ

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孤独につながるーミニ読書感想『つながる読書』(小池陽慈さん)

孤独につながるーミニ読書感想『つながる読書』(小池陽慈さん)

予備校で現代文を教える小池陽慈さんが編者となった『つながる読書』(ちくまプリマー新書、2024年3月10日初版発行)が面白かったです。副題は『10代に推したいこの一冊』。小池さんとつながりのある研究者やエッセイストらが、若者に薦める渾身の一冊をプレゼンするという内容です。その熱量は、10代をとうに過ぎたアラフォーにも響きました。

紹介される本は十人十色。だけど、プレゼンターたちには本を愛する気持

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読みたかったのは私だけではなかったーミニ読書感想『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆さん)

読みたかったのは私だけではなかったーミニ読書感想『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆さん)

書評家・三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書、2024年4月22日初版発行)が面白かったです。これほど心に刺さるタイトルもありません。ほんとに、なぜ?なぜ仕事を一生懸命やって、こんなに頑張っているのに、大好きな本を読めないのだろう。本書は、本好きにとって切実な問いに、真摯に向き合ってくれる。悩む私と同じように向き合ってくれるから勇気が湧く。

「そんなの、仕事で疲れる

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手拍子でビートルズーミニ読書感想『実験の民主主義』(宇野重規さん)

手拍子でビートルズーミニ読書感想『実験の民主主義』(宇野重規さん)

政治思想研究者の宇野重規さんが、『WIRED』や『さよなら未来』で知られる若林恵さんを聞き手に語った『実験の民主主義』(中公新書、2023年10月25日初版発行)が学びになりました。民主主義の在り方やプラグマティズムがテーマですが、自分は療育や障害者のインクルージョン(社会包摂)の観点から読みました。

本書は、立法府中心に捉えられてきた民主主義を、行政のDXを主軸に考え直すことをテーマにしていま

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AUT VIAM INVENIAM AUT FACIAMーミニ読書感想『世界はラテン語でできている』(ラテン語さん)

AUT VIAM INVENIAM AUT FACIAMーミニ読書感想『世界はラテン語でできている』(ラテン語さん)

ラテン語さんの『世界はラテン語でできている』(2024年1月15日初版発行、SB新書)が、シンプルに面白かったです。世界史、政治、宗教、エンタメ…さまざまな分野に今も根付き、数々の言葉の語源になっているラテン語。その魅力を次々披露してくれる、豆知識・トリビアの本です。気軽に読めて、確実に「へ〜」と驚ける。

特に興味深かったのは、世界史のさまざまな場面で登場するラテン語でした。世界史好きには刺さる

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取り替え不可能な人生のための哲学ーミニ読書感想『訂正する力』(東浩紀さん)

取り替え不可能な人生のための哲学ーミニ読書感想『訂正する力』(東浩紀さん)

東浩紀さんの『訂正する力』(朝日新書、2023年10月30日初版発行)が学びになりました。今までの自分は間違っていたかもしれない、至らなかったかもしれない。そう認める訂正の力。歴史修正主義とは異なる訂正のスタンス。それは、固有で取り替えの効かない人生を生きるために必要だと分りました。

訂正と聞いて、いいイメージは浮かばない。なるべくなら、間違いのない方が良いとつい思ってしまう。そして、訂正は修正

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「聞けてよかった」が不可欠ーミニ読書感想『死にたいって誰かに話したかった』(南綾子さん)

「聞けてよかった」が不可欠ーミニ読書感想『死にたいって誰かに話したかった』(南綾子さん)

南綾子さんの『死にたいって誰かに話したかった』(双葉文庫、2023年1月15日初版発行)が、かなりの名作でした。タイトルにギョッとするかもしれませんが、この作品は奥深く力強い。生きづらさと、話すこと・聞くことについての物語です。

それぞれの事情で生きづらさを抱える主人公たちが、ひょんなことから「生きづらさを克服しようの会」(通称生きづら会)を結成するというのがあらすじ。最初は、何をやってもうまく

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羽のように雪のように砂糖菓子のようにーミニ読書感想『いつかたこぶねになる日』(小津夜景さん)

羽のように雪のように砂糖菓子のようにーミニ読書感想『いつかたこぶねになる日』(小津夜景さん)

なんとも不思議な本に出会いました。俳人・小津夜景さんの『いつかたこぶねになる日』(新潮文庫、2023年11月1日初版発行)。内容を説明すれば、本書は漢詩を紹介するエッセイ。でもそれだけでは捉えられない読書世界がある。羽のように軽く、雪のように白い。あるいは砂糖菓子のように甘く、でもすぐ消えていく。何かのジャンルに当てはめることが、どうにも勿体無い一冊でした。

著者は俳人で、フランスのニーズに住ん

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攻略法という発想ーミニ読書感想『自閉症感覚』(テンプル・グランディンさん)

攻略法という発想ーミニ読書感想『自閉症感覚』(テンプル・グランディンさん)

ASD(自閉スペクトラム症)当事者で、研究者のテンプル・グランディンさんの『自閉症感覚』(中尾ゆかりさん訳、NHK出版、2010年4月10日初版発行)が学びになりました。15年近く前の本ですが、いまだに版を重ね、現在も書店の棚に挿されていました。タイトル通り、ASD者として「どう感じてきたか」がたくさん盛り込まれている。

ASDは、抽象的概念の理解に困難さがある人がいるとされます。著者もその一人

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声を聞くために学ぶーミニ読書感想『学ぶことは、とびこえること』(ベル・フックスさん)

声を聞くために学ぶーミニ読書感想『学ぶことは、とびこえること』(ベル・フックスさん)

人種差別の課題やフェミニズムに取り組んだ研究者ベル・フックスさんの『学ぶことは、とびこえること』(里美実さん監訳、朴和美さん、堀田碧さん、吉原令子さん訳、ちくま学芸文庫2023年5月10日初版発行)が学びになりました。特にフェミニズムについて、黒人女性であるベルさんは、それが白人女性のためのフェミニズムになっていないか批判的思考を追求した。周縁化される声を、無効化される声を聞くための、学びの方法を

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不可解なものを不可解なままーミニ読書感想『計算する生命』(森田真生さん)

不可解なものを不可解なままーミニ読書感想『計算する生命』(森田真生さん)

数学者・森田真生さんの『計算する生命』(新潮文庫、2023年12月1日初版発行)が面白かったです。数学が苦手な文系人間も楽しめる。古代ギリシアから現代の人工知能まで、計算する生命としての人類史を紐解く。数学がテーマですが、悠久の物語として読むことができます。

数学が物語?その食い合わせは悪いように思われます。数学には規則性があり、隙のない論理性がある。物語が入り込む余地はあるのでしょうか。

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