伍堂

落語台本受賞歴多数。けれど発表の会場にいた人にしか届いていないので、もっと多くの人に届…

伍堂

落語台本受賞歴多数。けれど発表の会場にいた人にしか届いていないので、もっと多くの人に届けられたらと思ってこの場をお借りしました。好きな方は脳内演者に語らせて、馴染みのない方はほぼ会話だけで展開する掌編として、楽しんでいただけたらうれしいです。

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お連れの分

(前回「背中の権十」の原型の噺です) 「おう、居るか? 居るのか、おいーー」 「ああ、こりゃ兄ィ」 「なにが兄ィだ。ここンとこ面ァ見せねえからどうしたかと思って来…

伍堂
3週間前
6

背中の権十

「これこれ、そこの村の御方」 「へえ、おらのことかね」 「いきなりこんなことを云うては気を悪くするじゃろうが――お前さまの背には、なにやらよくないものが憑いてお…

伍堂
1か月前
3

豆名月

「ああ、いいお月様じゃ。真ん丸と夜空に浮かんでござる。まるで硯に割り落とした卵の黄身のようじゃ……針で突いたら流れ出しゃせんかの――ふふ、突つこうにもお山の上ま…

伍堂
2か月前
5

血を吸う江戸ッ子

「アーッ、吸いてえ。吸いてえなァ、チクショウ――吸いてえッ」 「なんでえなんでェ、煙草でもやめたのかよ、吸いてえ吸いてえッて」 「あっ、兄ィ、どうもご無沙汰いた…

伍堂
3か月前
3

猫次郎

「だから何べんも言ってるように、猫の野郎が――」 「猫がなんです! こっちは娘と二人往来歩いていて、いきなり生魚を頭ッから被せられたんだよ! これが猫のしたこと…

伍堂
4か月前
5

月下独酌

 中国が唐と云った時代、李白という詩人が居りまして、字を太白。太白とは中国で云う宵の明星、つまり金星のことですが、母親が李白を身籠もった時、この太白星が懐に飛び…

伍堂
5か月前
6

拝み絵馬

 初午の王子稲荷、関東稲荷の総司社だけあって近郷近在はもとより、江戸の各地からも参拝客が集まってたいそうな賑わい。境内には正一位稲荷大明神と染め抜かれた五色の幟…

伍堂
6か月前
5

まんじゅうこわ くなる

「おれが前いた長屋に饅頭が怖いっていう奴がいたけど、あとでよく聞いたら本当はそうじゃなかったって――饅頭怖がる奴なんぞいるわけねえよな」 「そうでもありませんよ…

伍堂
7か月前
4

菰狂言

「よっちゃん――よっちゃんじゃないかい。なァ、そこへ行くのはよっちゃんだろ」 「へっ? あ、あの――どちら様で……」 「こっちだこっち、橋の下だよ」 「橋の下?…

伍堂
8か月前
4

三枚起請・改

(古典落語「三枚起請」の後半を違う展開にしたものですが、登場人物や設定の一部も変えているため、前半から書き直しています) 「おい、そこへ行くのは猪之助じゃないか…

伍堂
10か月前
4

ややこし

「長老、長老、一大事、一大事」 「どうしたんじゃ、狸五郎。血相を変えて」 「下の人間の里で聞いたんですけど、なんだか有名な盗人がこの辺りにやって来たって云う噂で…

伍堂
11か月前
3

「蠅寄せ」

「旦那様、突然ではございますが、お暇を頂戴いたしとうございます」 「なんだい、番頭さん。いきなりな話じゃないか。なにがあったんだい」 「あったもなにも、あたくし…

伍堂
1年前
4

       「蛤女房」

 江戸の頃、春の節句の時期ともなると、深川や品川、高輪辺りは潮干狩りの人出で賑わったと云います。朝のうちに船で沖へでて潮が引くのを待つ。昼頃にはすっかり干潟とな…

伍堂
1年前
9

「釣り断ち」

「六助――六助はおるか」 「へーい、ただいま――ヘイヘイヘイヘイ、お呼びでございますか、殿様」 「すまぬがこれを――」 「ああ、また釣りでございますか。それじゃ…

伍堂
1年前
5

尻子玉

「退屈である」 「はは、されば陽気も良くなりましたゆえ、野駆の支度でも」 「馬に乗るは飽いた。なにか珍しき生き物はおらぬか」 「江戸におきましては、ゾウやらラク…

伍堂
1年前
5

赤ン目ェ

「隠居ォ、居るゥ?」 「なんだい、朝っぱらから間の抜けた挨拶しやがって。もっと口の利きようてものが――おい、どうしたんだいその目は。真っ赤じゃないか」 「眠れね…

伍堂
1年前
3
お連れの分

お連れの分

(前回「背中の権十」の原型の噺です)

「おう、居るか? 居るのか、おいーー」

「ああ、こりゃ兄ィ」

「なにが兄ィだ。ここンとこ面ァ見せねえからどうしたかと思って来てみりゃあ、部屋の隅で膝抱えてやがる。なんだ、病気か? 身体の具合でも良くねえのか?」

「いやぁ、身体はなんともねえンで」

「じゃあなんだ、女にでも振られてグズグズしてやんのか」

「振られるほどの馴染みの女なんぞいやしませんよ

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背中の権十

背中の権十

「これこれ、そこの村の御方」

「へえ、おらのことかね」

「いきなりこんなことを云うては気を悪くするじゃろうが――お前さまの背には、なにやらよくないものが憑いておるな」

「ありゃ、カラスの野郎がフンでも落としたかね」

「いやいや、そんなものではない。わしは空念という旅の僧で、まだ修行中の身ではあるが、お前さまの背中に張りつくように、青白い顔をした男が立っておるのがはっきりと見えるぞ」

「あ

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豆名月

豆名月

「ああ、いいお月様じゃ。真ん丸と夜空に浮かんでござる。まるで硯に割り落とした卵の黄身のようじゃ……針で突いたら流れ出しゃせんかの――ふふ、突つこうにもお山の上まで届くほどの、そんなに長い針はないか……

里の衆も今頃はみんな、こうして月見をしておるじゃろう。団子に青柿、里芋枝豆と、こんな山寺へもいろいろと持ってきてくれてありがたいことじゃ。ススキだけはそこらに茫々と生えておるが、あとは何もない寺じ

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血を吸う江戸ッ子

血を吸う江戸ッ子

「アーッ、吸いてえ。吸いてえなァ、チクショウ――吸いてえッ」

「なんでえなんでェ、煙草でもやめたのかよ、吸いてえ吸いてえッて」

「あっ、兄ィ、どうもご無沙汰いたしやして」

「ご無沙汰じゃねえや。三月も普請場に面ァ出さねえでよ、なにしてンのかと思えばてめえ、長崎まで行ってきたてェじゃねえか。江戸ッ子がなんだってそんなとこまで行くんだよ」

「いや、江戸ッ子だからですよ。物見高いは江戸の常、ねえ

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猫次郎

猫次郎

「だから何べんも言ってるように、猫の野郎が――」

「猫がなんです! こっちは娘と二人往来歩いていて、いきなり生魚を頭ッから被せられたんだよ! これが猫のしたことかい? 猫が天秤棒かついで魚売ってたわけじゃないだろ。あんたがやったことじゃないか、え、魚屋」

「そりゃまぁ――で、でも、あっしだっていきなり軒先から猫に飛びかかられて、ウワッてんではずみで……けっして悪気があったわけじゃあ――」

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月下独酌

月下独酌

 中国が唐と云った時代、李白という詩人が居りまして、字を太白。太白とは中国で云う宵の明星、つまり金星のことですが、母親が李白を身籠もった時、この太白星が懐に飛び込んでくる夢を見たことから、字を太白としたと
いう。生まれからして伝説じみておりますが、その詩も生涯も自由奔放、闊達自在。一生を放浪のうちに終え、まるで仙人のようだったとも伝わります。

 一時は時の権力者、玄宗皇帝に召し抱えられ、長安の都

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拝み絵馬

拝み絵馬

 初午の王子稲荷、関東稲荷の総司社だけあって近郷近在はもとより、江戸の各地からも参拝客が集まってたいそうな賑わい。境内には正一位稲荷大明神と染め抜かれた五色の幟がひるがえり、ヒュウヒュウドンドンと笛太鼓の音が鳴り響く。そこへいきなり――

「掏摸だー! 掏摸だスリだ、掏摸がいるぞォ!」

「えっ、掏摸?」

「おい、巾着切りだとよ」

「なんかやられてやしねえか――」

 辺りの客が慌てて懐や袂を

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まんじゅうこわ くなる

まんじゅうこわ くなる

「おれが前いた長屋に饅頭が怖いっていう奴がいたけど、あとでよく聞いたら本当はそうじゃなかったって――饅頭怖がる奴なんぞいるわけねえよな」

「そうでもありませんよ。隣町に大きな酒屋がありますでしょう」

「ああ、立派な構えの」

「あすこの今のご主人は饅頭が怖いそうで……」

「怖い? 左党だから甘い物が嫌いとかじゃなく?」

「いえ、酒は飲めませんし、甘い物も――まあ昔、こんなことがあったもので

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菰狂言

菰狂言

「よっちゃん――よっちゃんじゃないかい。なァ、そこへ行くのはよっちゃんだろ」

「へっ? あ、あの――どちら様で……」

「こっちだこっち、橋の下だよ」

「橋の下? へえ、その……確かにあたしは由蔵ですが……」

「ああ、やっぱりよっちゃんだ。懐かしいなァ」

「あの、お前さんとはどちらかで?」

「竹蔵だよ、竹蔵。ほら、近江屋で奉公してた時、一緒だった」

「竹蔵……竹ちゃん? あんた竹ちゃん

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三枚起請・改

三枚起請・改

(古典落語「三枚起請」の後半を違う展開にしたものですが、登場人物や設定の一部も変えているため、前半から書き直しています)

「おい、そこへ行くのは猪之助じゃないかい? おい、猪之助」

「あ、こりゃケチ金さん。すっかりご無沙汰いたしまして」

「ケチ金てお前――裏へ回ってそう呼ばれてるのは知ってるが、昼日中に面と向かって朗らかに云うんじゃないよ。だいたいお前、貸した金がまだ残ってるってえのに本当に

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ややこし

ややこし

「長老、長老、一大事、一大事」

「どうしたんじゃ、狸五郎。血相を変えて」

「下の人間の里で聞いたんですけど、なんだか有名な盗人がこの辺りにやって来たって云う噂ですよ。ひょっとしてこの村のお宝を狙っているんじゃあ――」

「なに、『変化の珠』をか」

「『八化けの半蔵』とかって盗人で、変装の名人だってますから、『変化の珠』を盗んでもっと上手に化けようて魂胆かも」

「そりゃ大変じゃ。早く長老に知

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「蠅寄せ」

「蠅寄せ」

「旦那様、突然ではございますが、お暇を頂戴いたしとうございます」

「なんだい、番頭さん。いきなりな話じゃないか。なにがあったんだい」

「あったもなにも、あたくしが居りましたんでは、このお店の暖簾に泥を塗り、旦那様にも恥をかかせることになりますので、是非ともお暇を」

「店の暖簾に泥を塗り、あたしに恥をかかせる? そりゃまたずいぶん大事だね。そんな大層なことを番頭さん、なにかしでかしたのかい?」

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       「蛤女房」

       「蛤女房」

 江戸の頃、春の節句の時期ともなると、深川や品川、高輪辺りは潮干狩りの人出で賑わったと云います。朝のうちに船で沖へでて潮が引くのを待つ。昼頃にはすっかり干潟となりますので、貝を拾ったり汐溜りで魚を捕まえたり、毛氈を敷いて飲んだり食べたりして楽しむというのが年中行事のひとつだったそうで――

「おい、徳二郎はどこへ行った? 今日は出潮が少し早いようだよ。船頭たちが慌てて帰り支度を始めてるじゃないか。

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「釣り断ち」

「釣り断ち」

「六助――六助はおるか」

「へーい、ただいま――ヘイヘイヘイヘイ、お呼びでございますか、殿様」

「すまぬがこれを――」

「ああ、また釣りでございますか。それじゃただいまお草履を――」

「いや、そうではない。この釣り竿、燃やすか捨てるかしておいてくれ」

「へっ? 釣り竿をでございますか?」

「うむ。もう使わぬでな」

「使わぬって殿様――釣りはたったひとつのお道楽じゃございませんか」

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尻子玉

尻子玉

「退屈である」

「はは、されば陽気も良くなりましたゆえ、野駆の支度でも」

「馬に乗るは飽いた。なにか珍しき生き物はおらぬか」

「江戸におきましては、ゾウやらラクダと申す獣が見世物にいでましたそうでございますが――」

「我が領内にはおらぬか。裏山でゾウが柿を喰うておったとか、ラクダが畑を荒らして困るなどの訴えはないか」

「はは。殿の御威光によりまして、領内あまねく平穏にございます」

「戦

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赤ン目ェ

赤ン目ェ

「隠居ォ、居るゥ?」

「なんだい、朝っぱらから間の抜けた挨拶しやがって。もっと口の利きようてものが――おい、どうしたんだいその目は。真っ赤じゃないか」

「眠れねえんですよ。ここンとこしばらく」

「お前みたいに呑気な奴でも、眠れないなんてことがあるのかね」

「わざわざ訪ねて来た客にそんな言い方があるかい。もっと口の利きようてものが――」

「いいから座んな。そんな赤い目でギロギロ睨まれたら気

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