見出し画像

「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第一話

【あらすじ】
『某月某日、我々は同森ヶ丘どうもりがおか中学校を爆破し宝を奪う』
SNSに投稿された爆破予告と犯行予告。
同森ヶ丘中学校に通う中学2年生、氷上紬希ひかみつむぎは文芸部の威信をかけて学校に隠された宝の謎に挑む。
宝探しは生徒間で盛り上がりを見せていくがその様相は一変。窃盗集団「カラス」と学校の教師が絡んだお宝争奪戦へと変貌する。
学校に隠された宝とは一体なんなのか。そして宝を手にするのは……?

自分の未来や才能、大人や学校の在り方に不安を抱えながらも自分なりに「夢」と向かい合う紬希。未来を考えるとき、ほんの少し元気がもらえる宝探しミステリー。

あらすじ

 理解できない。どうしてこんな文章が沢山の人の注目を集めるのか。
 私が寝る間も惜しんで考えた文章たちには何の反応もないっていうのに。
 そんなの当たり前か。私は売れっ子作家でもなんでもない。ただの平凡な中学生で、ただの文芸部員なんだから。
 私の書く文章、物語が誰にも届かない。その事実は悲しさや怒りとは少し違う、心の中に「空白」を生む。
 文章が思いつかなくて意図的に開けられたスペースみたいに空白に当てはまる感情が見つからない。
 私は例の文章をスマートフォンの画面を眺めながらため息を吐いた。


某月某日。我々は私立同森ヶ丘中学校を爆破し、隠された宝を奪う。
                   投稿時間 7:43 ♡1.7万


 単純明快な文章。美しさも無ければ余韻もない。感動することも無ければ面白くもない。
 そんな文章が多くの人の目に触れ、騒ぎを起こしている……。私はこの現象が不思議でならない。
 この世界にはもっと面白くて心震えるような文章、言葉がたくさんあるのに。私の生み出した文章だってこの爆破予告よりは人を感動させることができると思うんだけどな……ってそれは流石に自意識過剰すぎるか。
 そもそも宝とはなんだろう?同森ヶ丘中学校に宝があるようには思えない。

 このSNSの投稿から私は今後の「ストーリー展開」を頭に思い描く。
 私には現実世界を小説の物語の展開になぞらえて考える癖がある。
 職業病ならぬ部活病だ。文芸部に所属するが故に備わってしまった性質だと言える。

 小説にはある程度決まった構成があって、それを現実の出来事に当てはめるとこれから何が起こるのか、ある程度これから起こることを予測することができるのだ。まあ、完璧なものではないしあくまで私の主観によるものだけれど。

 物語の展開には起承転結、一幕三部構成、序破急じょはきゅうといった構成がいくつかある。

 この構成に加えて物語の中では何度も山と谷を繰り返し、読者を飽きさせない工夫がされているのだ。

 私が考えるストーリーの展開はこうだ。
 学校の生徒達はこの爆破と犯行予告で大盛り上がり。担任の清水きよみず先生が穏やかに「爆破予告で盛り上がるなんて不謹慎ですよ」と生徒達を諭すだろう。そして学校は生徒の安全確保のために生徒をすぐに帰宅させるはずだ。
 もう少し投稿時間が早ければ学校のお知らせメールで休校が決まっただろうに。犯人も面倒なことをしてくれる。

 こんなことしていたらお母さんが怒鳴ってくるぞ。私は耳を押さえる用意をする。

紬希つむぎ!朝からダラダラスマホ見ないの!そろそろ学校に行く時間でしょ?使用禁止にするよ?」

 パンツスーツに身を包んだお母さんの声が部屋中に響く。朝ほどお母さんの機嫌が悪い時はない。
 そして機嫌が悪いのはお母さんだけじゃない。私も朝は機嫌が悪い。大人が仕事でストレスを感じるように子供も学校でストレスを感じているのだ。毎日同じ場所、変わらない顔ぶれにストレスのひとつやふたつは生まれるだろう。
 なぜかその事実を大人は大人になると忘れてしまうようだ。
 大人の言う「子供の頃は良かった」というのは恐らく都合の良い記憶だけ残った結果なのだと思う。自分が楽しかった記憶だけ残っているから「子供の頃は良かった」なんて言えるんだ。
 現役の子供から言わせてもらえば……子供だから毎日楽しい訳じゃないし子供であることが良いとも思わない。
 子供への羨望それらは全部、大人の勝手な決めつけに過ぎないのだ。

「どうせすぐ帰って来ることになると思うけど」

 だからつい、私の言葉もキツイものになってしまう。

「は?どういうことよ……」

 たちまちリビングに暗雲がかかる。
 気まずい沈黙につけっぱなしのテレビの音が大きく聞こえた。

『昨夜、同森どうもり市にて車両が盗まれる事件が発生しました。同森市では相次いで盗難が続いており……』
「最近物騒で怖いね~。紬希も気を付けるんだよ?防犯ブザー持った?」

 穏やかな声がキッチンから聞こえてくる。私達の朝食の片づけをしているお父さんの声だった。お父さんはリモートワークをしているので朝、私達のようにカリカリしていることはない。
 丸縁の黒メガネが印象的で、威勢のいい声のでかいお母さんとは正反対だ。
 そんな穏やかなお父さんの言葉ですら今の私にはイライラのもとでしかない。これ以上ここにいると毒を吐き続けてしまいそうなので静かに立ち去ることにする。
 両親との言い争いほど無益なものはない。
 近くに放っておいた鞄を手にすると私は玄関に向かって駆け出した。

「……行ってきます」
「ちょっと!早く帰って来るならお昼どうす……」

 お母さんの声を封印するようにドアを閉める。
 ここに御札でも貼っておこうか……。ん?もしかしてこのアイデア小説に使えるんじゃないかな?
 うるさい両親を御札で封印してしまった子供の物語……。なかなか面白そうだ。今度文芸部の先輩、加賀美かがみ先輩に話してみよう。
 私は紫陽花あじさいの苗が植えられた大通り、『紫陽花ロード』を走って学校へ向かった。


「爆破予告が出された同森ヶ丘どうもりがおか中学校に来てるよー!なんでもあの窃盗集団……が関わってるって話!」

 何だあの人?
 門の前で自撮り棒に取り付けたスマホに向かって喋る見知らぬ男性がいた。他にも複数人、見知らぬ大人が同森ヶ丘中学校を眺めている。
 暫く動画を取っている男性を睨んでいるとその背後に黒い影が差すのが見えた。

「ちょっとそこのお兄さん……。勝手に撮影すんのやめてもらえますかねえ?」

 地を揺らすような低い声に思わず身震いする。私の腕にも鳥肌が立つ。本能レベルであの人物は危険だと伝わって来る。
 鬼山おにやま先生に背後を取られるなんて……終わったなあの人。
 さっきまでヘラヘラしていた動画配信者の顔が一瞬にして青くなる。同じく私の周りにいた登校中の生徒達も怯えた様子で遠巻きにふたりを眺めていた。

 身長190㎝、がっしりとした体格の男。ジャージから筋肉が浮かんで見えるほどに鍛え上げられている。柔道、剣道、合気道など……あらゆる武術を身に着けているから恐ろしい。太い眉に髭面ひげづらのせいで巨悪さが増して見える。
 まさに「鬼」のような人間……体育教師の鬼山剛志おにやまつよし先生がそこに立っている。裏で生徒達から「ラスボス」と呼ばれるのも納得の出で立ちだ。

「えっと……失礼しましたーっ!」

 動画配信者の男性は慌てて学校の門の前から姿を消した。

「生徒達のためにパトロールの強化をして頂きたいのですが……。ああいう輩をどうにかできないんですかねえ?警察は」

 鬼山先生の隣には警察官の男性が立っていた。
 よく見たら学校の駐車場にパトカーが停まっている。爆破予告に犯行予告が出されたのだ。警察を呼んでいてもおかしくない。
 パトカーの隣にくまの可愛らしいイラストが描かれた「くまクリーン」という清掃業者の車も見えた。
 射殺すような鬼山先生の視線に肩を震わせながら警察官が答える。

「そ……そうですね。パトロールについては協力できそうですが、野次馬に関しては管轄外ですね……」
「はあ?よく聞こえませんでしたなあ……」
「えっとお……」

 可哀想に。鬼山先生に目を付けられたら最後。私は警察官に向かって合掌すると静かに正門を通り抜ける。

 校舎に足を踏み入れるなり学校全体が浮足立っているのが分かった。
 どの生徒も熱っぽい目をしていて、友達同士でおしゃべりにきょうじている。話題はもちろん、わが校に出された爆破と犯行予告のことだ。
 1階は3年生のクラス、2階は2年生、3階は1年生となっている。たった一階上がるだけなのに私は「面倒だな」と思いながら階段をのぼった。
 これから起こることはストーリーの展開を思い浮かべなくても分かる。
 クラスメイトが絶対に「SNSの投稿見た?」と話しかけて来るに違いない。私は2年2組の教室、自分の席に腰を下ろそうとした時だった。

「紬希~!見た?SNSの犯行予告!ヤバくない?凄くない?」

 誰よりも大きな声で私の元に駆けてきたのは背の高い女子生徒、須藤瑠夏すどうるかだ。
 今にもアタックを繰り出しそうなステップに思わず距離を取った。瑠夏はバレーボール部に所属している。
 あまりにも予想通りの展開に私は真顔になった。


#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

次の話


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?