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「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第4話
男達が立ち去った後、私は土埃が酷いにも関わらずその場に尻もちをついてしまった。何度か深呼吸を繰り返す。
聞いてはいけないことを聞いて、見てはいけないものを見てしまった……ような気がする。
「ふたりとも、もう大丈夫だよ」
私の呼びかけに瑠夏と和久君が顔を出す。
「危ないとこだったーっ!まさかこんなところまで見回りにくるなんて。紬希よくバレなかったね。それで?どの先生だったの?」
瑠夏が目を輝かせながら聞いてきたので、私は言葉に詰まった。ストーリー展開になぞらえて思いついたことを語るべきか、語らざるべきか……悩む。
「氷上さん、どうかしたの?」
和久君が黙り込んだ私を心配そうに見つめる。
「それが……」
私が言いかけたところでガチャンッと鈍い音が聞こえてきた。
出入口付近から聞こえてきた音に私は全てを察した。
ああ、どうしてこうも面倒ごとが立て続けに起こるかな……。
「もしかして今の音って……鍵かけられちゃった感じ?」
瑠夏の軽い口調のお陰で最悪の状況がほんの少しだけマシに思えた。私は黙って頷く。
私達は旧校舎に閉じ込められた。
「だったら窓から出るしかないよね」
そういって瑠夏は窓を見た。幸いここは1階だから簡単に外に出ることができる。
「鍵を開けたら旧校舎に誰か忍び込んだってバレるから嫌だったんだけど……仕方ないか」
宝を探すのならこの旧校舎に入ることになる。だとしたら侵入経路を確保していくのも手ではないか。
私は今後の危険を承知で窓から脱出する決断を下した。
私達は身を屈めながら窓から飛び出ると、静かにグラウンドに向かって早歩きし始めた。
「瑠夏!秘密の脱出経路があるって本当なんでしょうね?」
「任せて!私が部活に遅れそうになった時ショートカットに使ってるルートがあるから!」
小走りしながら私は眉を顰める。
本当に大丈夫なんだろうか……。
「向こうに誰か見えるよ!」
振り返って様子を伺っていた和久君が興奮したように声を張り上げた。
私は恐る恐る背後を振り返る。
遠くからでも分かる厳ついシルエット……。ラスボスが此方を指差しているのがかすかに見えたのだ。
こちら側にも駐車場があるため、先生たちが旧校舎側に回って来てもおかしくはない。
「走れ!」
瑠夏の掛け声とともに私達は後ろを振り返らずに走った。先頭を行く瑠夏はグラウンドを突っ切って自然が残されたエリア……緑地へ向かう。
背後から鬼山先生が追いかけて来る気配がした。
後ろから鬼が迫ってくる……。そういうゲームがあった気がする。確か追いつかれたらプレイヤーは鬼に食われてゲームオーバーになったはずだ。
「早く!」
運動部ではない私は早くも息が上がっていた。瑠夏は分かるけど、和久君までこんなに走れるなんて……。
そういう私も後ろから鬼が迫ってるせいかいつもよりも足が速い。ここで足を止める訳にはいかないのだ。
緑地に足を踏み入れると、ひんやりとした空気を感じる。土と草の香りが私達を包んだ。
緑地のすぐ背面は高いフェンスで囲まれている。行き止まりのはずだ。木々や植木が私達を隠してくれると言ってもそれは一時しのぎにすぎない。
「瑠夏!本当に逃げ切れるの?」
「任せて!こっち!」
瑠夏は雑草や苗木を手でどかすと、満面の笑顔を浮かべて言った。
「ここから抜け出せるよ!」
現れたのは破れたフェンスだった。
人ひとりが辛うじて通り抜けられるぐらいの穴があいている。蔦や苗木の影になってうまい具合に見えないようになっていた。ここを抜け出せば住宅街側の歩道に出ることができる。
私と和久君は先に荷物を投げ入れた後で体を穴にくぐらせた。反対側に植えてある苗木の草がチクチクするもなんとか学校の外に出ることができた。
「瑠夏。この穴抜けられるの?」
私は長身の瑠夏を見て声をかけた。
「まあ、見てなって。ふたりとも危ないから離れててね」
瑠夏はニヤリと悪い笑みを浮かべる。
私は飛び出してきた瑠夏のリュックサックを受け止めると、和久君と共に穴から距離を取った。
瑠夏は助走を付けると、飛び込みの選手のように腕を伸ばし、頭から穴に飛び込んだのだ。
水族館のイルカの輪くぐりの如き動き。
瑠夏はそのまま苗木の上に受け身を取ると、素早く立ち上がった。
アクロバットな動きの後、何事もなかったかのように穴の近くに駆け寄る。
「ちゃんとこの穴が見えないようにもう一度、蔦と苗木を寄せておくんだ」
私と和久君は暫く呆然としていた。
学校に侵入する時は緑地の土がクッション代わりになるのか……。ってそれにしても神業すぎる。
親友の才能に言葉が出てこない。
「ほら!早く大通りの方に逃げよう」
「う……うん」
私と和久君はお互いに顔を見合わせ、鞄を両手で抱えながら瑠夏の後に続いた。
「ふーっ生き返るー!」
瑠夏は腰に手を当てながらコンビニで購入したスポーツドリンクを一気飲みする。
私達は同森ヶ丘中学校から少し離れたコンビニの前で一息ついていた。店の前に設置された銀色のバーに寄りかかって各々購入した飲み物を呑む。
ここまで来ればさすがに巡回の目を逃れられるだろう。
私は天然水を喉に流し込む。
緊張状態続いたせいで喉が渇いていた。止めに最後の全力疾走である。これほど水がおいしいと思ったことは無い。
「それにしても……。須藤さんの飛び込みはすごかったね。あんなこと毎回やってるの?」
炭酸飲料を片手に和久君が瑠夏を見た。
「えへへ。たまにね。たまに」
瑠夏は視線を泳がせて答える。これは絶対に常習犯だなと私は勘づいた。だからあんなに手慣れていたのだ。
「ところで旧校舎に居た先生って誰だったの?」
「そのことなんだけどね……。教えていいのものか判断できなくて」
瑠夏の質問に私は腕組をして難しい顔をする。この情報は人に聞かせるには危険な気がしたのだ。
「何それ!気になる。教えてよ!」
「僕も。一応聞いておきたいかな」
危険かどうかはふたりの意見を聞いてから判断するのもいいかもしれない。私は意を決してあの驚きの光景をふたりに語ることにした。
「旧校舎にいたのは……くまクリーンの清掃員たちだった」
周囲を警戒しながら、声を潜めた私の告白に瑠夏と和久君は首を傾げた。
「それ、何がおかしいの?」
「学校の掃除しにきたんでしょう?」
私は思わず手にしていたペットボトルを落としそうになった。ふたりの反応の薄さにがっくりする。改めて私はストーリー展開になぞらえて考えたことを語った。
「話してるのを少しだけきいたんだけど……どんな手を使ってでも宝を手に入れるとか話してた」
「じゃあ何?清掃員のフリをした不審者ってこと?SNSの投稿を真に受けてそこまでするなんて」
瑠夏の呆れた口調。和久君は炭酸飲料のペットボトルの蓋を閉じながら深刻な面持ちで呟いた。
「一般人がそこまでするとは思えないね……」
「そう。私の考えだけど……。清掃員のフリをした泥棒だと思うんだ」
私の結論にふたりは口を開けた。
そんな反応になってしまうのも無理はない。私も半信半疑で口にだしているからだ。
でもあんな変装までして乗り込んでくるなんて、とても一般人とは思えない。盗みを専門にしている人がやることだ。
「大変!早く警察に通報しよ!もう学校に乗り込まれちゃってんじゃん!」
瑠夏がバタバタと両手を動かす。
普通、異常事態が起こった瑠夏のように慌てふためくものだろうけど私は恐ろしいぐらい冷静だった。
「くまクリーンの人達が泥棒だって証拠もないし、学校に隠されてる宝が何なのかも分からない……。
何が盗まれるか分からない上に犯人も曖昧。こんなんじゃ警察は取り合ってくれないと思う」
「じゃあどうすんの?このまま無かったことにするの?」
瑠夏の意見は尤もだ。できればこのまま何も見なかった、聞かなかったことにして日常に戻れば私達には何の害もない。
そうすると学校は間違いなく泥棒達に滅茶苦茶にされるだろうし、私は火縄君との勝負に敗北することになる。
「先に僕らで宝を探し出そう」
私と瑠夏の間に腰かけていた和久君が呟いた。
それはひとりごとのようでもあり、私達に向けた訴えのようにも聞こえる。
いつもの穏やかな雰囲気は消え、神聖で静かな空気感が和久君を包み込んでいた。早朝の神社に足を踏み入れたような緊張感を肌で感じる。
「先に宝を見つけて警察に渡せば泥棒も諦めるだろうし、学校も文芸部だって守れるでしょう?」
そういっていつもの気の抜けるような笑顔を見せた。私と瑠夏は一拍遅れて和久君の言葉に頷く。
「そ……そうだよね!途中で諦めるって嫌だし!街の平和のためにも、紬希の勝負のためにも宝探し、続行しよう!」
和久君の言葉に触発された瑠夏に私も決意を新たにする。
「そうだね……。私達で宝を見つけよう」
瑠夏が私と和久君の前にスポーツドリンクのペットボトルを前方に出した。すると察した和久君が炭酸飲料の入ったペットボトルを前に出す。
これもスポーツをやっている人にありがちな行動。チームをひとつにする儀式なのだとすぐに悟った。
瑠夏は度々気合を入れる時や、体育の競技の時もこんなふうに円陣を組むのだ。
私も黙って瑠夏と和久君の前に水の入ったペットボトルを前に出す。
お互いのペットボトルをぶつけ、私達は学校の宝を探し出す誓いを立てた。
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