「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第5話
コンビニでふたりと別れた後、私は無言で帰宅した。そのまま2階にある自分の部屋に急ぐ。
「あれ?紬希ほんとうに帰って来た……」
1階からお父さんの気の抜けた声を背中で聞く。
制服から私服に着替えて、机に向かった。今は制服をハンガーにかけ、ワイシャツを洗濯物に入れる時間も惜しい。
鞄から適当なノートを取り出すと一番うしろのページにシャーペンを走らせる。
そういえば小説のプロット……構成を考える時もこんな風に箇条書きにして考えてるな。
ここまで書き終えて私のシャーペンが動くことはなかった。
私は椅子の背もたれに寄りかかりながら大きなため息を吐く。
完全な情報不足だ。
小説を書いていて、文字を打つ手が止まるのは小説の世界を描くだけの情報がないことが原因であることが多い。私の頭の中がすっからかんになっているのだ。
こういう時は……情報を手に入れるに限る。
「まずは泥棒のことからかな……」
私は「車 盗難 くまクリーン」で検索する。
『清掃業者の車両が盗難
本日未明、同森市にて㈱くまクリーンの車両が盗まれる事件が発生。防犯カメラには2名の男の姿が映っていた。オートキーのハッキングを利用した窃盗事件として警察は引き続き調べを進めている』
これだ……。
目立つようなニュースではなく、下手をしたら見逃してしまいそうなほど少ない文章で書かれていた。期待していたほどの情報はない。
そんな少ない文章からも私はストーリー展開を思い描く。
泥棒達がSNS投稿を見て学校の宝を狙ったとは考えにくい。
何故なら清掃業者の車両を盗難するなんて前もって計画を立てていなければ実行できないことだからだ。
だとしたらあのSNSの投稿は泥棒達によるものだろうか?世間を騒がせるために出したものだとしたら……?
同森ヶ丘中学校に宝があることを知った泥棒達は何故か宝の在り処を示した暗号を手にしていた。
宝探しに関しては相手が一歩リードしていることになる。
一体、学校に隠された宝とは何なのか。宝の場所を示す暗号はどこにあるのか……。
「紬希~。昼ごはんどうする?」
どうして親というのは子供が重要な考え事をしている時に話しかけてくるのだろうか。私はぶっきらぼうに答えた。
「後でカップ麺食べるから!」
それからどのぐらい経っただろうか。お昼を適当に済ませた後で宝のこと、泥棒達のことを考えていたら眠くなってしまった。
「紬希……ちょっと紬希!ご飯!」
私は部屋のドアを激しくノックする音で目を覚ます。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「ごめん……寝てた」
目を擦りながら機嫌の悪そうなお母さんの顔を出迎える。朝もそうだけど仕事終わりのお母さんもそこそこ機嫌が悪い。
「どうせまた文芸部の活動とか言って文章書いてたんでしょう?もっと将来役に立つようなことしなさい!吹奏楽部の方が楽器が演奏できるって高校受験の時アピールできるでしょって言ったのに……。もっと先のことを考えて行動しなさい」
また始まった。お母さんの私への不満が。
お母さんは私が文章を書くのも、文芸部に所属しているのも気に入らないのだ。娘が自分の思い通りに動かなくてイライラしているのが伝わってくる。
お母さんが思い描く理想の娘は、吹奏楽部に所属して明るくはきはきと話す愛想の良い娘だった。
残念ながら私は何一つ当てはまらない。
「はーい」
リビングへ続く階段を降りながら、私は生返事をする。ここで反論すると倍になって返って来るから適当に躱すのが得策だ。
「お金にならないことをして何になるっていうんだか……」
お母さんに幾度となく言われた言葉に今だ最適な答えを返すことができない。
小学校の卒業文集で将来の夢を書いた。それを見たお母さんの表情と言葉が今でも胸の奥底に残っている。
「小説家?才能のある人しかなれない職業だし、これで食べていくなんて無理だって分かってる?」
私はお母さんにとっての「不正解」を答えるのが得意だ。あの日も「不正解」を答えて呆れられた。
お母さんは小説に登場する典型的な「母親」というキャラクターそのものだ。子供が自分の思い通りに動ないと不機嫌になって小言を言う。
小説の中では実にたくさんの「母親」が登場するけれどなぜか皆、だいたい同じような傾向の「母親」というキャラクターになることが多い。それが面白くもあり、恐ろしくもある。
私も大人になったら「母親」というキャラクター傾向通りに動き、話すようになるのかもしれない。
その後お父さんが「大きな夢があっていいじゃないか!」とフォローしてくれたけれど、これもあんまり嬉しくなかった。
その口ぶりは「言うだけならタダだろう」みたいな雰囲気を感じられたからだ。
本当は誰も私の将来の夢なんてどうでもいいんだと思う。
学校の先生も。
両親も。
友達も。
私が将来どうなろうと知ったこっちゃないのだ。
大人は子供に「夢」を語らせることが好きなだけなのだと気が付く。なんとも下らない、やらせだ。だから私は当たり障りのない模範解答、「会社員」と答えるようになっていた。
どうして小説を書いているのか。私自身、よく分からない。
ただの自己満足かもしれない。火縄君達の言うように妄想を書き綴っているだけかもしれない。
何の役に立つのか誰のためになっているのか……。また心の中に「空白」が生まれる。そんなの私が一番分からない。
一体私の未来はどうなってしまうのか……。時々そうやって不安になる。
中学生のうちに作家デビューできるような才能があればお母さんも火縄君も何も文句を言わなかっただろう。瑠夏に気を遣われることも、和久君に文芸部の存続を心配されることも無かったはずだ。
やっぱり直木賞を受賞するしかないのか……。
「いただきます」
夕ご飯の鮭の塩焼きはいつもより少ししょっぱかった。
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