「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第6話
「あの空き教室が怪しくねえ?」
「やっぱり旧校舎じゃない?立ち入り禁止だけど」
「あの緑地の土の中に埋められていたりして!」
いつもより賑やかな昇降口。私はため息を吐いて上履きに履き替える。
生徒達が宝探しを始めていた。
ロッカーを覗いたり、ゴミ箱をどかしたり、掃除用具入れを開けたり……とにかく落ち着かない。
そんな闇雲に探して見つかるはずがないのに。今使われている校舎に宝が隠されている確率は低いはずだ。内心呆れながら廊下を歩いていると見慣れた長身の少女が視界に入った。
「うーん。やっぱりないかあ……」
私は思わず瑠夏のジャージの裾を引っ張った。
「あ!紬希おはよう。私も朝練終わってお宝のヒントになるようなものがないか探してるんだけどさ……見つからなくって。って何その不機嫌そうな顔」
「この校舎に宝がある確率は低いと思う。もう少し情報を集めてから探そう」
「……はあい」
瑠夏がしょんぼりとした表情で答えた。
私はそのまま瑠夏を引っ張って2年2組の教室に向かう。
「須藤さんに氷上さん。おはよう。僕なりに宝のこと調べてみたんだけど……」
和久君が片手を挙げて私達に近づいて来た。和久君の目が半開きな気がする……。手には大学ノートが握られていた。
「そういうことなら私も。泥棒達について調べてきたから皆に聞いてもらいたい」
私も鞄からノートを取り出した。
「うわ……。ノートに纏めてくるなんて。探偵たちに付いてけないよ」
机にうつ伏せになる瑠夏を横目に和久君が報告を始める。
「どうやら学校に宝があるっていうのは何の根拠もないデマじゃないみたいなんだ」
私は和久君のノートを受け取ると目を見開いた。
「これって……。同森ヶ丘中学校の広報誌だ」
ノートに切り取られていたのは同森ヶ丘中学校の様子を伝える広報誌『同森ヶ丘だより』だ。生徒達に配られるだけでなく、ネット上でバックナンバーを閲覧することができる。
かなり発行数があったはずだがよく目を通したものだ。
切り取られていたのは本丸朔未校長を特集した回だった。スーツ姿の難しい顔つきをした本丸校長は今よりもほんの少し若い。
蛍光ペンが引かれた文章に目を通す。
もうひとつの記事はもっと古い。寄付をした卒業生たちの一言が書かれたコーナーだった。
寄付をするとここに名前と、在校生たちへコメントを載せることができたらしい。最近の広報誌は名前を記載するのみでこういった一言コーナーはない。
「お宝は校長のお父さんの財産か、過去にあった多額の寄付金かもしれないってこと?」
私の問いかけに和久君は大きく頷いた。
そうなると学校に隠された宝の噂はかなり現実味がある気がする。私は和久君の切り抜きを見下ろしながら息を呑んだ。
「うわー。見つけたらどうしようね?焼肉食べ放題とか行く?」
「いいね~。僕はスイーツ食べ放題がいい!」
呑気なふたりの会話に私は頭を抱えた。
「宝の話が本当ってことは泥棒達が宝を狙ってるのも本当ってことになるんだけど」
そのままの流れで今度は私が調べた情報を伝える。日本史のノートの一番後ろのページを指し示した。
「泥棒達は入念に計画を立てて宝を狙ってるみたい。でなきゃ清掃業者を調べて車を盗んで変装するなんて手の込んだことをするはずがないから。盗みのためなら何だってする、危ない人達だと思う」
ふたりが真剣な表情になって私がまとめたノートを見下ろしていた。なんだか悪いことをしてしまったな……。あんなに楽しそうだったのに現実を見せてしまって。
これだから「つまらない奴」だと思われてしまうんだ。
「怖いから宝探し、やめよう」と言われてしまうかもしれない。私は恐る恐るふたりの反応を伺う。
「だったら宝探しついでに盗賊団も捕まえちゃえば一石二鳥じゃない?」
瑠夏の突拍子もない提案に私は口を開けた。
「そうだね!文芸部を守るだけじゃなくて悪い奴を捕まえるなんて僕らすごくない?」
「ちょ……ちょっと待って」
私は思わずふたりの間に割って入る。
「本気で言ってるの?危ない目に遭うかもしれないのに?」
我ながらつまらない質問だと思った。
身の安全と文芸部の存続、プライド。どちらが大切かと問われれば身の安全だ。そんな当然の「正解」を答える自分がちっぽけに見えた。
こういう時はストーリー展開的に前者を取らなければならないのに。
私は……小説の主人公のように格好よくなれない。自分の人生の主人公にすらなれないのだ。
「だって……今しかできないこと楽しんだもん勝ちじゃない?」
「僕も宝が何なのか知りたいし」
小説の登場人物はふたりのようでなくてはいけない。
他人の「正解」を必要としない、己の信念のもとに行動するものだ。私は格好悪い自分に気づかぬふりをして静かに頷いた。
「……分かった。ふたりがそういうなら私も引き続き宝探しを続ける。それと宝の在り処だけど……多分必要な情報が足りないと思う」
「必要な情報?」
和久君が興味深そうに私の言葉を繰り返す。
「あの旧校舎の暗号を解くのに何か必要な文書があるはず」
「暗号を解くのに必要な文書~?」
「パズルを解くための指示書だね!」
私は和久君に向かって目配せする。
「そう、それ。泥棒はそれを手にしていてもう謎を解いてるみたいだった……。でも宝の在り処は分からないって言ってたから旧校舎の謎を解いてもまだ謎があるって考えた方がいいのかもしれない」
「まずはパズルの問題文探しからだね。うん!宝探しも本格的になってきた!」
和久君が楽しそうに体を揺らした。
「なるほど。やっぱり旧校舎が怪しいのか」
私達の後ろに立っていた人物が大袈裟に相槌を打って来る。
この全てを見下ろしたような物言い……振り返らずとも分かる。声の主は火縄君だ。私と目が合うと悪い笑みを浮かべた。
「ちょっと!火縄、盗み聞きはズルいでしょ?」
瑠夏の叫びに火縄君は悪びれもせずに答える。
「大人しくお前らが宝探しするのを見てるかと思ったか?俺が先に宝を見つけてもお前らの負けだからな!」
指さされた私はなんとなく居心地が悪くて、火縄君の指先から逃れる。彼らも宝探しに加わってくるとなると面倒だ。これから気楽に学校で情報交換ができない。
「お前ら!これから旧校舎を調べるぞ」
「分かった」
「りょーかい!」
後ろに控えていた高倉君と星野君が威勢よく返事をする。
その直後、急に空気がズシンと重くなる感覚がした。一体何が起こったのか……。教室に入って来る人物を見て私は息を止めた。
ラスボスこと鬼山先生が2年2組の教室に入って来たのだ!禍々しいオーラが背中から溢れ出ているように見える。
宝探しで騒がしくしていた生徒達が一瞬にして静まりかえった。
「旧校舎だと?火縄お前、今旧校舎って言ったのか?」
火縄君はぶんぶんと首を横に振った。
「いいえ!何も申し上げておりません!」
分かりやすい火縄君の誤魔化しに、瑠夏の目が線のように細められる。
「席についてください。生活指導の鬼山先生からお話があります」
後ろから入って来た清水先生がパンパンッと手を叩く。
もしかして……昨日旧校舎に侵入したことがバレたのだろうか。
体は熱いのに頭の中が急速に冷えていく感覚がして、自分の席で身を縮こませた。
何だか急に胃が痛い。
前の話 マガジン(話一覧) 次の話
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?