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「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第7話

「えー……なんだ?ソーシャルネットワーキングサービスに書かれた噂に惑わされて宝探しをしている奴ら。すぐに止めるように。そんなことよりもな。勉強と部活動に力を入れた方が数千倍有意義だ」

 大声でもなく怒っているわけでもないのに鬼山おにやま先生には迫力がある。低く、腹の底を震わすような声が生徒達の緊張感を高めた。
 SNSをわざわざソーシャルネットワーキングサービスという辺り、きっと鬼山先生はSNSのことをよく知らないのだろう。そんなツッコミさえも許さない雰囲気が流れている。

「SNS投稿に関して、過剰に反応しないようにしてください。学校に宝が隠されているという情報は嘘です。学校にそのような事実はありませんと、昨日の職員会議で校長先生と教頭先生が強くおっしゃっていました。爆破予告もいたずらですから変に騒がないように」

 張り詰めた空気を打ち破ったのは鬼山先生の隣に立っていた清水きよみず先生の言葉だ。鬼山先生の言葉に補足を加える。

「宝探しと称して学内の備品を不用意に動かすのは思わぬ怪我の元になります。それと旧校舎に入るのはもっと危険ですから控えるように」
「昨日、下校時間に旧校舎の近くに生徒が見えたからな。鍵が開いてなかったから入っちゃいないようだが……やめるように」

 私は背中に汗が流れる。どうやら離れていたお陰で私達が旧校舎に侵入したことはバレていないようだ。危ない危ない……。
 それにしても何故、鍵が閉まっていたのだろうか。私の心に引っかかりつつも鬼山先生の目から逃れたことへの安堵感の方が強かった。

「今後宝探しをしている生徒を見かけ次第、生徒指導を行いますのでそのつもりで」

 清水先生の言葉に多くの生徒ががっかりした表情を浮かべた。「えー」とか「つまんねー」という声がちらほらと聞こえてくる。もちろん私も口元まで「えー」が出かかった。

「分・か・っ・た・な?」

 鬼山先生の最後の一押し。鬼山先生の背から禍々しいオーラが放たれ、いつもの数倍は大きく見えた。
 この鬼山先生の気迫に恐らく生徒の半数近くは宝探しを諦めただろう。いつもの私だったら面倒ごとからいち抜けしただろうが今回は違う。文芸部の存続が掛かっているのだ。簡単に引き下がるわけにはいかない。

 ふと瑠夏るか和久わく君の席に視線を移して驚く。
 ふたりの表情は明るかった。あの鬼山先生を前にしても宝探しを諦めていない表情をしている。火縄一派も相変わらず悪い笑みを浮かべているところを見ると宝探しを諦めていない様子だった。
 たかが小さな町のとある中学校での出来事。それでもここで起きた出来事は確実に私というちっぽけな人間の人生の一部分になる。
 その一部分は時に私を励まし、時に私を悩ませるはずだ。些細な一瞬の出来事が私の身体の一部になると考えると結構重要なことである。
 だから「宝探し」も他の人にとってはどうでもよくとも私にとっては結構
重要なことになるのだ。
 鬼山先生はズシンズシンと教室を出て行く。鬼山先生が居なくなっただけで重力が解放されたような軽い気持ちになった。清水先生は生徒達に向き直ると出席簿を開いた。

「朝のミーティングを始めます。今日の日直係は……」
「きりーつ!」

 日直のうわずった声が教室に響く。私は周りの生徒達から一拍遅れて立ち上がった。


 授業を適当に乗り切って生徒達お待ちかねの放課後がやってくる。
 土曜日、瑠夏は部活動の休日練習があるというので日曜日に3人でコンビニの前で会う約束をして別れた。

 私は図書室のあるB棟に向かってぶらぶらと歩く。
 文芸部の活動場所は図書室だ。途中で吹奏楽部の楽器の音を聞きながら階段を駆け上がる。
 学年1位の頭脳を持つ加賀美かがみ先輩ならば学校に隠された宝について何か分かるかもしれない。
 私は期待を胸に勢いよく図書室のスライドドアを開けた。

「加賀美先輩!」
 
 私の声に図書室の一番奥の席に座っていた女子生徒が顔を上げた。
 真っすぐな長い黒髪をハーフアップにし、派手なメイクもしていないのにはっきりとした顔立ちをしている。本を読む姿も何かのコマーシャルのように見えた。
 大和撫子、文学少女という言葉がぴったりな女子生徒が目の前にいる。私の姿を見つけるなり口の両端を上げて上品に微笑んだ。

紬希つむぎちゃん。お疲れ様」

 目の前に広がる綺麗な光景に私の胸が高鳴った。
 あるはずもない花畑が加賀美先輩の背後に広がっている……ような気がする。
 加賀美こはく……私が密かに憧れている文芸部の先輩だ。綺麗なだけではなく、話し方や仕草も大人っぽい。何よりも小説を書く数少ない同士でもある。
 
「『宝石』に掲載する作品の進み具合はどう?」

 私は言葉に詰まる。早速痛い所を突かれてしまった……。
 文芸部の活動の一環として4か月に1度、部誌『宝石』を発行している。いわば文芸部の作品発表の場だ。
 『宝石』は手作り感満載の本だ。少し良い紙に文章を印刷し、表紙は厚紙である。背表紙は製本テープを貼って綺麗に整えられている。
 なんでも同森ヶ丘中学校に文芸部ができた年からずっと刊行されているらしく、膨大な冊数になっていた。バックナンバーが図書準備室の棚に並んでいる。
 そんなに長くから続いて来たのに私達の代で終わりそうになっているのがまた悲しい。

 製本されたものは図書室の一角に置いてもらい誰でも読めるようになっているけれど果たして同森ヶ丘中学校に通う生徒のうち何名がこの本の存在を知っているのだろうか。

「……まだ書けていません」
「それじゃあ、今日も作品の完成を目指して書こうか。何かあれば相談にものるし」

 読まれているかも分からない本を作り続ける。
 急に自分が無駄なことをしているように思えて、私の心の中に「空白」が生まれる。永遠にパソコンのスペースキーを連打しているような気持ちになった。
 図書準備室からノートパソコンを手にすると加賀美先輩の正面の席に座る。

 一時期、加賀美先輩の小説が学生向けの文学賞で入選したので『宝石』が読まれていたけれど本当に一瞬だった。
 出版不況、本が売れない……というニュースの情報が正しいかどうか分からないけれど学校の図書室も静まり返っていた。
 文章を書くことや読むということは皆が当たり前にできることであり、大したことではない。特別将来の役に立つものではないと思われているようだった。
 そして文芸部の活動というのは本当に目立たない。
 スポーツのように皆が目に見えるような動きがあるわけでもなく、吹奏楽部のように音が聞こえてくるわけでもない。よって楽しさも伝えにくいし、広まりにくいのだ。
 
「加賀美先輩、これだけはお伝えしたくて……。実は私。勝手に文芸部の存続を賭けてしまいました……!ごめんなさい」
「文芸部の存続を賭けた?」

 頭を下げる私に加賀美先輩の大きな瞳がより一層、大きくなる。

「うちの学校に宝があってそれを爆破して奪うってSNSの投稿があったじゃないですか。文芸部に宝の謎が解けるわけないって火縄ひなわ君……クラスメイトに馬鹿にされて。
解けるって答えたら文芸部の存続を賭けろって言われたんです。だからその条件を受ける代わりに文芸部を兼部してもらうよう私も条件を出したんです」
「ふふふっ。何その面白い展開!紬希ちゃんすごいね」

 加賀美先輩が楽しそうに笑った。怒られると思っていたので意外な反応に私は瞬きを繰り返す。

「物語を書くこと、読むことに関心のある子が少なくなったのは悲しいよね。大変だけど楽しいのに。文芸部、多い時は40名近くいたみたいよ」
「そんなにいたんですね……」

 驚く私に加賀美先輩が眉を下げて頷いた。

「物語を書くことは何の役にも立たないと思っている人が多いみたい。1年生のクラスを通り過ぎたらね、『AI時代に文芸部はないだろう。プログラミング部の方が数倍将来の役に立つ』って言われちゃって……。悲しいよね。物語に時代は関係ないのに」

 私の心にまた「空白」が増殖する。
 何の役に立つのか……。何度も私の頭の中をよぎる問いかけが生まれる。

「加賀美先輩は……どうして小説を書いてるんですか」

 私が答えられない問を加賀美先輩に投げかける。加賀美先輩は少しだけ首を傾げた後、どこか遠くを見ながら答えた。

「物語を書く楽しさ、読む楽しさを教えてもらったからかな……」


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