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「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第8話

 加賀美かがみ先輩に物語を書く楽しさを教えてくれた人って一体誰なんだろう。有名な作家さんかな?気になったけれどそれを聞くよりも加賀美先輩が先に質問をしてきた。

「それで宝探しの方はどうなの?私もできるかぎり協力するよ」
「……ありがとうございます!」

 加賀美先輩が協力してくれるのなら心強い。

「でしたら早速聞きたいことがありまして……」

 私は慌てて隣の席に載せていた鞄からノートを取り出すと加賀美先輩に見せた。

「昨日、旧校舎に入ったら壁とか床に色のついた矢印を見つけて……。もしかして宝の場所を示す暗号なんじゃないかと思うんです。泥棒も狙ってるぐらいだし……」
「泥棒?」

 加賀美先輩が私のノートから目を離す。私は周囲を警戒しながら言葉を続けた。

「はい。あまり大きな声で言えないんですけど……。昨日、旧校舎に忍び込んだ時に清掃業者の人達と鉢合わせました。その人たちが学校に隠された宝を狙う泥棒が変装していたみたいで」
「どうして泥棒だって分かったの?」

 加賀美先輩が前のめりになって私の話を熱心に聞く。
 好きそうだな……こういう珍しい話。私は距離の近い加賀美先輩に緊張しながらも答えた。

「『宝の場所が分からない』って呟いていたんです。使われてない旧校舎を掃除するのもおかしいし……。ネットでニュースを調べたら清掃業者の車両が盗まれたっていうのを見つけて考えたんです。もしかして宝を狙った泥棒が清掃業者に変装して学校に侵入したんじゃないかって」
「さすが紬希ちゃん。ストーリーを読むみたいに現実を読み取ってるんだね」

 加賀美先輩が楽しそうに手を叩く。
 憧れの人に褒められるのは素直に嬉しい。私はふわふわした気持ちのまま先輩に予想した現状を語る。

「泥棒達は旧校舎に隠された暗号は解けたけれど、また別の謎にぶつかっているみたいです。まずは旧校舎の暗号……矢印の謎を解く指示書のようなものを探そうってことになりました」
「なるほど。暗号の指示書があるかどうかは分からないけど……旧校舎のことだったら図書室で調べられるよ。『同森ヶ丘中学校のあゆみ』っていう中学校の歴史が書かれた本があるから」

 私は加賀美先輩の提案を聞いて頭の中が晴れ渡っていくのを感じた。宝についてどうやって調べを進めていけばいいか分からなかったのでその指示はとてもありがたかった。
 さすが加賀美先輩である。相談して本当に良かった。

「早速調べてみようか!古い本だから図書準備室の方に仕舞われているかも」

 加賀美先輩は立ち上がると図書準備室へ向かった。
 先輩、案外宝探しに乗り気だな。他の生徒達もそうだったけれど宝探しが好きなのは人間の本能なのかもしれない。私は慌てて加賀美先輩の後を追った。
 文芸部であり図書委員の委員長である加賀美先輩は図書室を知り尽くしている。ぴんっと伸びた綺麗な背中が頼もしく見えた。
 加賀美先輩は元から人目を惹く人だけれど、更に目を惹くものがあった。それは小さな石の欠片が埋め込まれたバレッタだった。蛍光灯の灯りで七色の光を放っている。
 おしゃれに疎い私でもこのバレッタが加賀美先輩によく似合っているのが分かった。

「加賀美先輩のそのバレッタ。綺麗ですね」
「ああ。これ?……お店で見かけて綺麗だったから奮発して買っちゃった」

 加賀美先輩は軽くバレッタに触れて微笑んだ。
 図書準備室はカウンターの裏にある部屋のことで、古い本や壊れた本など図書室に置かれていない本が保管されている。関係者以外立ち入りは禁じられていたけれど、文芸部と図書委員に所属する生徒は入室をゆるされていた。
 古い紙の香りが私の鼻の奥をくすぐる。ここには過去に発行された『宝石』も保管されている。

「古い物から読んでいこっか」
「はい」

 棚の一番下の段から取り出した『同森ヶ丘中学校のあゆみ』はA4判の大きめの本だった。学校の節目ごとに不定期に発行されたらしく、何冊か巻数がある。
 私は加賀美先輩から手渡された本を図書準備室内にあった机の上に置き、ページを捲り始めた。
 同森ヶ丘中学校が創設された頃のことが写真付きで語られている。紙は少し端の方が黄ばみ、角ばったフォントからも時代を感じた。

 へえ……最初はこんな背の低い木造校舎だったんだ。出来上がったばかりの木の看板には「同森ヶ丘中等部」と書かれおり、初代校長の写真があった。
 本によると同森ヶ丘中等部は当初、私塾だったそうだ。そのころから換算すれば同森ヶ丘中学校の歴史は百年にも及ぶ。地元の有力者である本丸もとまる家が運営資金を出すようになり現在の私立中学校になったという。
 そういえばさっき広報誌で見かけた本丸朔未もとまるさくみ校長の姿にどことなく似ているかもしれない。同森ヶ丘中学校は長い間本丸家によって運営されてきたのだ。

 生徒数が増えたことで何度か改修工事が行われたことも書かれていた。体育館や旧校舎の写真が添えられている。
 戦時中は学校のあちこちに手製の防空壕が作られたらしい。その話は入学時に聞いた気がする。今は安全性の問題から防空壕自体を見たことは無い。
 自分の通っている学校にこんな過去があったと思うのかと思うと新鮮な気持ちになる。授業や部活、友達関係のことがあると学校の歴史に思いを馳せる時間はない。宝探しのことがなければ調べようとも思わなかっただろう。
 どんなことでも知らないことを知るのは面白い。歴史を感じながら更にページを捲って行くと現在私達が使っている校舎が現れた。
 教室がびっしり埋め尽くされるほどの生徒数。昔はこんなに子供がいたのか。些細なところにも少子化を感じてしまう。
 あ。体育館の派手な校歌レリーフ、この頃からあったんだ。年代を見るに設置されたのはおよそ20年ぐらい前だろうか。言葉が浮き出て見えるように掘られたレリーフで、生徒達の間で「そこまで強調しなくても歌えるのに」と意見されていた物だ。2年間も学校にいれば風景の一部となり、気にならなくなる。
 カラー写真になる頃には射撃場やグラウンドが整備されていた。見慣れた景色に私の心が躍る……って違う違う。今は暗号文の指示書を探さなければ。
 
「ねえ。紬希つむぎちゃん、これ見て」

 興奮したような声で加賀美先輩が私の隣に駆け寄って来る。手には『同森ヶ丘中学校のあゆみ』の別巻があった。

「これ読んで驚いたんだけど、本丸朔太郎もとまるさくたろう先生っていう本丸家初代の校長がね……なんと文芸部の創設者みたいよ!」
「え……?そうなんですか?」

 私は加賀美先輩が指さした文章に目を通す。別巻には部活動の成り立ちや功績が記録されている冊子だった。
 部活動ごとにページが特集されている。その中の文芸部のページには朔太郎校長の提案で書道部、吹奏楽部と共に文化系の部活の設立を提案したそうだ。

「『宝石』の名付け親もこの校長先生みたい」

 私はこれまでのことを考える。校長先生の隠し財産、文芸部、『宝石』……。
 ストーリー展開的に考えるとこれって、つまりはそういうことなんじゃ。
 私は『宝石』が保管されている本棚に駆け寄った。

「紬希ちゃん?」

 本棚の左端に保管されていた『宝石』の第1号を引き抜く。
 花柄の紙に誰かが筆で書いたであろう『宝石』という文字。手作り感満載の、少し黄ばんだ本の表紙を捲ってすぐだ。
 本に挟まれた白い1枚の紙を見て、私は唇の端を上げる。

「見つけた!」

 私は普段出さないような高くて明るめの声を上げた。

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