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「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第22話

 暗号文の裏に薄っすらと何かが印字されていたことに気が付く。今まで文章が書かれた方にしか注目していなかったのでまさか裏にこんなものがあるとは思わなかった。

 A4の用紙いっぱいに長方形の枠が描かれ、その中には点線が描かれている。

「裏あ?俺達が渡されたのには無かったけど」

 リーダーの男が作業着のポケットからくしゃくしゃになった用紙を取り出す。私は男の言葉を聞き逃さなかった。やっぱり暗号文は誰かに手渡されたものだったのか。その人物は清水きよみず先生だと思っていたけれどもし違うとしたら?生徒がこんな危険な目に遭っていても様子を見に来ないところを見るとやっぱりカラスと繋がっているということなのか?
 今の時点で誰かを特定することはできないが、その誰かが暗号文をコピーして男に渡した時、裏面があることに気が付かなかったのだろう。裏面を印刷せずに手渡してしまったらしい。

「何これ。便せん?」

 瑠夏るかが隣から私の手元を覗き込んでくる。確かに四角い枠の中に点線が並んでいる様は便せんに見えなくもない。ただ文字は一切書かれていないけれど。

「あまり意味のあるもののように思えないね」

 和久わく君も私の横から暗号文を覗き込みながら呟いた。

「便せんにしてはおかしい。点線が途中で途切れてるし……」

 私は暫く暗号文の裏面を眺める。くるくると紙を回転させ、ある位置で止めた。
 なんだか……この配置どこかで見たような気がする。

「ほらほら。早くしないと。捕まってる友達が危ないんじゃないか?ヒグマは気性が荒いし」

 カラスのリーダーが思案顔の私達を急かした。難しい顔をしている私達の様子が面白いのだろう。にやにやしている。
 男のプレッシャーに火縄ひなわ君の額に汗がにじんでいるのが見えた。和久君も瑠夏もそわそわして落ち着かない様子だ。
 私だけが動じていない……いや、正直怒りで体の中が煮えたぎっている。物語によくある悪人の揺さぶりほど嫌悪するものはない。
 自分が優位に立って勝ったつもりでいる。どうせ子供には何もできやしないと思っているのだろう。
 だったら……暗号を解いて、この状況を一変させてやろう。そんでもって、その見下したような余裕の表情を崩してやる!
 そう考えると体の奥底から勇気が湧いてきた。今の私なら何でもできる。そんな気がした。

「この暗号も真珠しんじゅさんが関わっていることなんだろうね」
「まだ『宝石』の中にヒントがあったりしない?」

 ふたりが苦し紛れに暗号を解くためのヒントを出してくれる。こんな時はとりあえず手を動かし思いついたことを口にするに限る。きっと突破口があるはずだ。
 私はパラパラと手元の冊子を捲った。辿り着いたのは、最後のページに書かれた真珠さんのコメントだ。

栄真珠:3年間、あっという間でしたが作品をたくさん発表することができて楽しかったです。この経験は決して忘れませんし、人生の糧にしたいと思います。それと旧校舎のことと、卒業記念品のことについて。この場を借りて校長先生にお礼を言わせてください。本当にありがとうございました。

 今になってこのコメントの別の部分に引っかかる。
 「旧校舎のこと」についてはなんとなくストーリー展開が読めていた。
 真珠さんが校長先生に許可を取って旧校舎に暗号を仕掛けたのだ。矢印を書いたのも、プレートを作って置いたのも全部真珠さんがやったことだと思われる。
 落書きを許可するなんて、なかなかすごい校長先生だ。真珠さんがお礼を言うのも頷ける。
 卒業記念品のことまでお礼を言ったりするだろうか?それに部誌を発行した時点ではまだ記念品は受け取っていないはず。それなのに前もってお礼を言うものだろうか?
 周りの雑音が遠くに聞こえ、私は宝石に書かれたコメントと向かい合う。
 確か卒業記念品には生徒個人に配られる物と学校に寄贈される備品とがあったはずだ。
 学校にある銅像やサッカーゴール。テントや有名作家の絵画などに『卒業記念・寄贈品』と書かれているのを見たことがある。だとしたら学校に寄贈された方の記念品のことを言っているのではないか。
 ここでお礼を言うほどインパクトのある寄贈品って一体……。
 その瞬間、私の頭の中に図書準備室で見た『同森ヶ丘中学校のあゆみ』を思い出す。
 もしかして……あれのこと? 
 だとしたら……正しい向きはこうなるはず。

 私は体でリズムをとりながら点線を指で追う。
 そんな私の動きを不審に思ったのだろう。和久君と瑠夏、火縄君が怪訝な表情を浮かべた。
 カラスの男は私のことを不審人物でも見るみたいな視線を寄越してくる。窃盗団に不審人物として見られるなんて心外だ。
 そんなことが気にならないぐらいに私の心は晴れ晴れとしていた。落ち葉どころか地上にあるもの全てを吹き飛ばしてしまいそうなほどの風が私の心の中を吹き抜ける。

「……分かりました。宝の在り処が」

 私の一言に教室にいた全員がざわついた。授業中にとんでもないことを言ってしまったかのような雰囲気と似ている。

「へえーそれってどこなの?」

 カラスのリーダーの目がすっと細められる。鳥肌が立つのような笑顔を浮かべていた。

「それは……。ここでは教えられません」

 私の答えに再び場が騒然とする。窃盗集団に喧嘩を売っているようにしか聞こえない。

「紬希!何言ってんの?」

 さすがの瑠夏も私の腕を引っ張る。その顔は真剣だった。一言でも間違えれば私達の身に危険が及ぶ。そんな状況で喧嘩を売るなんてあり得ない。
 瑠夏の言葉はもっともだ。私以外の子が今の私と同じことを言ったら「何ふざけたこと言ってんだ!」と非難していただろう。
 私のこの発言はただの挑発ではない。ちゃんと宝を見つけるための提案なのでそこのところをちゃんと理解してほしい。

「場所を教えただけでは宝を目にすることはできません。まだやらなければならないことがあります」

 私の一言に男の目の色が変わる。

「なるほどなー。その場所に宝があるわけではなく、また仕掛けがされてるってわけか……。分かった」

 カラスのリーダーと呼ばれだけあってこの男、本当に頭の回転が速い。すぐに私の提案の真意を汲み取ってみせた。男は顔を上げると私を真っすぐに見る。

「君たちに案内してもらおうかな。途中で逃げ出そうとしたりしするのはくれぐれもやめてくれよ?」


 男の承諾を得て、私は集団の先頭を歩いていた。
 そのすぐ後ろに和久君と瑠夏、火縄君が続く。私達を囲い込むようにカラスの男達がのそのそと歩いた。
 手には工具……という名の武器を手にしている。工具というのは殺傷能力の高いものが多い。バールにハンマー……スコップにクワ……。スパナさえ凶暴な鈍器のように見える。持っている人物の人相が悪いからかもしれないが……。
 この前会った時よりもカラスが大人数なのはSNSで人を雇ったからだろう。とにかく人数的にも武器にしても私達には圧倒的に不利な状況だ。

 傍から見れば作業員と学校の生徒にしか見えないところが恐ろしい。私達が危機的状況にあるなんて分からないだろう。
 和久君と瑠夏、火縄君は黙り込んでいた。
 前もって和久君と瑠夏には「カラスが来るかもしれない」ということを伝えていたのであまり動揺していないように見える。一方、何も事情を知らない火縄君はずっと落ち着かない様子で、顔色も悪い。文芸部と加賀美かがみ先輩を馬鹿にした罪があるとはいえ、少し気の毒に思えた。
 星野君と高倉君も私の読み違いで危険な目に遭ってしまったのだ。いくら嫌な奴らとはいえ、罪悪感がないわけではない。
 なんとか隙を見つけてふたりを助け出さなければ……。私は頭の中でストーリーを思い描く。プロットを考えるときみたいに、箇条書きで思考を整理した。

「体育館?」

 リーダーの男のくぐもった声が聞こえる。
 旧校舎を出て、通路を隔てた向かい。正門から見て東側に体育館はあった。その隣には射撃場があるがここからでは体育館の影で見えない。

紬希つむぎ、本当に合ってるの?私体育館のヘビーユーザーだけど宝なんて見たことないよ?」

 瑠夏が私の肩を強く揺さぶった。私は目を回しながらもしっかりとした口調で答える。

「間違いない。暗号文は体育館にあるものを指してる」

 私は体育館の扉に手をかけ、ギギギギと重たい扉を開けた。

「リーダー?どうしてここに?」

 体育館には既に先客がいた。
 作業員の男達と……星野君と高倉君がいたのだ。両手を後ろ手に縛られ、口元はテープでふさがれていた。私達の姿を見るなり体を左右に揺らし、必死に助けを求めていた。ふたりの側に立つ、大柄で筋肉質な男。一目見てこの人が『ヒグマ』と呼ばれる人だと分かった。

「この子が宝は体育館にあるって言い出してさー。仕方なく。偶然なのかそれともさっきの通話でヒグマの居場所を特定したのか……」

 ちらりと私の方に視線を寄越してきたので、私は得意の真顔でかわす。
 リーダーの男の言う通り。実はふたりが捕らえられている場所には見当がついていた。あれだけ声が反響する広い場所は学校内では体育館か射撃場ぐらいだ。
 何がともあれ星野君と高倉君の無事が確認できただけでも良かった。ずっと顔色の悪かった火縄君もここにきてやっと生気を取り戻す。和久君も瑠夏もほっとしているようだった。

「それで?暗号文の裏の暗号は何を示してんだ?」
「この暗号は……あれを示しています」

 私は真っすぐにあるものを指し示した。みんなが私の人差し指の先を無言で辿る。

「校歌の……レリーフ?」

 皆を代表するように和久君が呟いた。


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