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「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第23話

「便せんみたいな模様はあのド派手な校歌のレリーフを示してたってわけか」

 カラスのリーダーが腕組をして納得の表情を見せる。
 私は遠くにある校歌のレリーフと合わせるように暗号文の紙をかざした。


同森ヶ丘中学校校歌のレリーフ


暗号文の裏

「便せんの点線じゃなくて校歌の歌詞の部分が点線になってたんだー。紬希つむぎってばよく気が付いたね!」

 瑠夏るかが私の背中をバシバシ叩きながら歓喜する。私は背中の痛みに耐えつつ瑠夏の顔を見上げた。

「これからバレーボール部の出番だよ」
「え?なんで?」

 瑠夏が不思議そうに首を傾げる。バレーボールの入った袋をぐいぐい引っ張った。

「瑠夏。サーブで狙ったところ当てられる?」
「できると思うけど……。どこよ?」
「あれ」

 私は真っすぐに校歌のレリーフを指差した。

「どういうことだよ!レリーフにボールを当てるって」

 火縄ひなわ君が私に突っかかってくる。あまりの勢いに思わず身を屈めた。そんなに喧嘩腰で来なくても。

「もしかして!あのレリーフが飛び出したような作りになってるのは……スイッチになってるから?」

 その通り。さすがは和久わく君。
 あのレリーフは宝箱の蓋を開けるスイッチになっているのだ。だから真珠しんじゅさんは『宝石』でわざわざ校長先生に『卒業記念品』のお礼を書いた。いや、この裏面の暗号を解くためのヒントとして残したのかもしれない。

「ふーん。面白いこと考えるなー!」

 リーダーの男が楽しそうに手を打った。

「瑠夏。最初に狙うのは右下……『たね』っていう単語にボールを当てて」
「りょうかーい」

 瑠夏が気の抜けるような明るい声で答える。

「別の単語に当たったらどうなるか分からないから。確実に当てて」

 校歌のレリーフに向かって走って行こうとした瑠夏の足が止まる。宝箱の鍵だとすれば失敗したら一生開かない……なんてこともあるかもしれない。

「責任重大だなあ。友達の無事は君に掛かってるよ。バレー部の子」

 わざとリーダーの男が瑠夏にプレッシャーをかける。
 瑠夏は背負っていた袋からバレーボールを取り出すと、力強く床にボールを打ち付けた後で、軽やかにボールを掌にのせた。

「私を誰だと思ってんの?確実に当てるに決まってんじゃん」

 プレッシャーなんて瑠夏は何とも思わない。寧ろ楽しんでいる節すらある。
 ストーリー展開的にいけば瑠夏は確実に私が言った通りの単語にボールを命中させるだろう。瑠夏は必ず決める。それは誰よりも私が一番よく分かっていた。

「へえ。それは心強い」

 リーダーの男は動じない瑠夏を面白くないと思いながらも瑠夏の背を見送った。
 レリーフとちょうどいい距離を取ると、瑠夏は再びボールを床に打ち付ける。

 ダダンッとリズミカルにボールが弾む音が響く。

 バレーボールを手にした瞬間、瑠夏を取り巻く空気が変わる。ああ、これは……本気モードの瑠夏だと私にはすぐに分かった。
 お気楽な雰囲気が一瞬にして刺すような空気に変わる。試合前の緊張感が体育館に居る全員に伝播した。
 やがて、瑠夏はボールを天井に放った。
 私は思わず息を呑んだ。
 瑠夏の左手がボールに照準を合わせる。その一連の動きが綺麗で思わず見惚れてしまう。
 瑠夏の口からシュッという空気音が発せられながら、右手が振り下ろされていた。

 ダンッという鈍い音と共に、ボールが『種』という単語に命中する。あまりにも強いボールだったので壁全体が振動したように見えた。
 当たった部分をよく見てみると、平面になっている。上手くスイッチが押せたようだ。その後で、タンタンタンッとリズミカルにボールが真っすぐ瑠夏の元に戻ってきた。

「よしっ!当たり!」
「ナイスッ!須藤すどうさーん!」

 私の喜びの声と、和久君の応援と共に周囲の緊張感が解けるのが分かった。バレーボールの試合でも始まったのかという雰囲気だ。

「紬希。次は?」

 振り返りながら瑠夏が冷静に聞いてくる。いつものお気楽な声ではない。バレーボールのことになると本当に人が変わったみたいになるよな……瑠夏って。

「次は……『』!」
 
 次も見事に命中させ、また真っすぐに瑠夏の元にバレーボールが戻って来る。こんなに心臓がドキドキして、これから起こる出来事にワクワクして堪らないのは久しぶりだ。

「次は……『石』!」

 瑠夏は軽々と次も命中させた。残すところあとひとつ……となった時だった。パチパチパチと拍手が体育館に鳴り響く。

「はい。そこまでー。試合終了」

 リーダーの男がわざとらしく、校歌のレリーフと瑠夏の間に体を滑り込ませる。私と瑠夏は眉を顰めた。

「レリーフの単語がスイッチになってて、最後に何を押せばいいかも分かった。『土に眠る』もの……要するに『土の中にあるもん』を狙えばいいんだろ?」

 リーダーの男が不敵な笑みを見せる。
 この人は表情があるようでない。笑ったり軽口を叩いてみせるのに心の底から楽しいとも面白いとも思っていないのが伝わってくる。私とは真逆の性格傾向で何だかそれが不気味に思えた。

「もうここらで君たちは大人しくしていてもらおうか。抵抗しなければ痛い目に遭うことはないからなー」

 大人しく?私はすぐに周囲にいた作業服の男達の様子を伺った。じりじりと私達に近づいてきている!
 手に持った工具を不気味に振り回し、その表情は屍のようにピクリとも動かない。
 そうか……。私達に答えをぎりぎりまで引き出させておいて後は自分達で宝を持ち出す気なんだ。
 私は眉間に皺を寄せた。まずいな……。カラスに対抗すべく準備をしてきたけれどこんなにも早く非常事態になるなんて。
 私が和久君と瑠夏に向かって合図をしようとした時だった。

 突然、射撃場側の体育館の扉が一斉に開く。次の瞬間、姿を現したのは柔道着を着た生徒達だった。
 私と和久君、瑠夏に火縄君は目が点になる。
 いくら冷静さが取り柄の私でもこの状況に驚きが隠せない。私のストーリー展開の予測範囲外ではあったけれども、頭の中で素早く新しいストーリーを描く。まさか……そういうことだったとは。
 しかも集団の中心には銀色の日本刀……と見紛うさすまたを手にした鬼山おにやま先生が仁王立ちしていた。

「お前達!かかれーっ!」
押忍おすっ!」

 鬼山先生の怒号と共に作業着の男達に突出していく。
 やっぱり現実は小説を凌駕するものらしい。とにかくこの機を逃すわけにはいかない。
 私は瑠夏と和久君に右手を挙げて合図を送った。
 瑠夏と和久君が頷く顔が見える。ついでに私は火縄君にも合図を送った。伝わるかどうかは分からないけど。一か八かだ。
 親指と人差し指を立てて銃の形を作ってある場所を指し示した。暫く火縄君はぼんやりとした様子だったけれどチッと舌打ちをする。
 私の意図が伝わったらしい。きびすを返して向かうべき場所に向かって走り出した。

 宝を賭けた最終決戦の始まりだ。


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