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「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第21話

「おい。どこか答えが間違ってんじゃねえのか?」
「人の答え盗み聞きしてたくせに、文句言うんじゃないわよ!」

 火縄ひなわ君と瑠夏るかが言い争いを始める。意味が繋がりそうで繋がらない文章が完成してしまった。
 答えが間違っているはずはない。だとしたら……私達の認識が間違っているのかも。
 気が付くとまた和久わく君を取り巻く空気感が変わっていた。あの誰も寄せ付けない、神聖な雰囲気が漂い始める。
 その場に背筋をぴんっと正して立つ姿は、神社に佇む巫女さんや神主さんのようだ。私達まで背筋が伸びてしまう。

「た・か・ら・は・つ・ち・に・ね・む・る」

 和久君の口から神社で聞く祝詞のりとのように言葉が発せられる。ん?よく聞くとちゃんとした意味の通った文章になっている。

「宝は土に眠る?」

 瑠夏がきちんとしたイントネーションで言い直す。
 なるほど。読めない文字たちを別の形で読めるように変換するのか。こんな風に。

・『ちから』→カタカナの『カ』として読む。
・『はち』→カタカナの『ハ』として読む。
・『イコール』→カタカナの『ニ』として読む。 
・『しめすへん』→カタカナの『ネ』として読む。

 
 私は意味を理解して目を丸くさせた。確かにそれは宝の在り処を示すものだったけれど……。

「何だよそのアバウトな宝の在り処!どこに埋まってんだよ?」

 火縄君が文句を言う通り。宝を見つけ出す決定的なヒントにはなりえない。せめてどの辺りの土の中に埋まっているのか分からなければ学校が穴だらけになってしまう。

「こんなんで探せるかよ。宝なんて嘘なんじゃねーか?やってられるか!」

 火縄君はハーフパンツのポケットからスマホを取り出すと、自分の耳に押し当てた。

「ちっ。あいつら全然出ねーし」

 私達が暗号文から導き出した答えに頭を悩ませていた時だった。

「だよねー。俺達もそこで止まっちゃって。困ってたんだ」

 生徒ではない、第三者の声が教室の後ろのドアから響き渡る。あの時、旧校舎で聞いた声だ。
 いつのまにか作業着を着た男達が2,3名ずつ、教室の前と後ろの出入口に立っていた。
 話しかけてきた男は灰色のキャップのつばを右手で上げてみせた。左耳に赤色のスマホを押し当てながらにいっと笑う。その瞬間、私の腕に鳥肌が立った。
 その顔はどこにでもいるような若い男だったけれど、普通ではない何かを感じとる。笑っているのに目は全然笑っていないからだろうか。
 砕けた口調と爽やかな見た目から何でも軽くこなしてしまいそうな雰囲気があった。それがたとえ悪い事であったとしてもだ。

「それ……。星野のスマホ!なんで持って……」

 男の人が手にしていたスマホを見て、火縄君が震えた声で言った。その問いかけに男の人が「よく気が付いてくれました」と言わんばかりに満面の笑みを浮かべて答える。

「最近の中学生って金持ってんの?最新モデルのスマホなんてさー。良かったら俺達に譲ってくれない?あ、現金でもいいよ」
「お前ら何?不審者?」

 明らかに工事作業員ではない雰囲気。通報しようと手を動かそうとした火縄君に待ったをかけるように男が手を前に出した。

「おっと!今から外部への連絡を禁止してもらう。……友達の命が掛かってるからね」

 私達は男の人の言葉に固まった。火縄君は顔を青ざめさせ、静かにスマホを下ろす。

「お前ら一体何なんだよ……」
「『カラス』……」

 私の呟きに教室に居た人達の視線が一気に集まった。男の目が楽しそうに細められる。

「へえー。最近の中学生ってば俺達のこと知ってるの?優秀じゃん」
「おいっ。『カラス』って何だよ」
「……最近話題の窃盗集団」

 先生に指名されて、答えが分からない生徒にこっそり教えるみたいに私は火縄君に向かって淡々と答えた。火縄君は「まじもんかよ……」と呟いて苦い表情を浮かべる。

 私のストーリー予測のひとつは当たり、もうひとつは盛大に外れた。
 当たったのは窃盗集団カラスが今日やってくること。前回と同じように作業員に変装しているだろうことも想定済みだ。ここまではお好み焼き屋の帰り、ふたりに話した通りの展開である。

 もし、カラスが仕掛けて来るとしたら解体工事の準備が進んだ時。足場が組まれ、外に防音シートが囲われれば外からの視線を遮ることができる。そして『あじさいまつり』が開催される今日、多くの人は紫陽花ロードに集まりそれ以外のエリアへの関心は薄れる。
 学校関係者の多くが紫陽花まつりに参加するので捕まるリスクが格段に下がるというわけだ。
 ストーリー展開をなぞらえた予測がただの被害妄想にならなくて安堵する。
 盛大に外れたのは……クラスメイトが人質に取られたこと。清水きよみず先生達と彼らが繋がっているのであれば生徒達に危害は加えないはずだと高をくくっていた。
 旧校舎内を離れて行動していたのがあだとなったのだろう。ひとりでいる所を星野君と高倉君は捕まってしまった。
 
「君たちにはこれから俺達に変わって宝を見つけてもらうよ。お友達のためにもね」

 そう言って泥棒はにっこりと背筋が凍るような笑顔を見せた。


「星野と……高倉は?」

 掠れ声で火縄君が男に問う。

「心配だよなー。ちょい待ち」

 男はクラスメイトのような口調で星野君のスマホを操作し始めた。赤いスマホの画面を私達に見せる。
 画面はスピーカー表示になっていた。

「『ヒグマ』~。お友達の声聞かせてやって」

 ヒグマ?私は男の奇妙な呼び名に首を傾げる。そのすぐ後でふたりの声が聞こえた。

『助けて!火縄!助けて!』
『こいつらガチでやべえって!……』

 ふたりの興奮した声がした後で物騒なノイズが入る。ふたりが誰かに押さえつけられ、口を塞がれたような……。そんな音のように思えた。

『リーダー。こいつら押さえておくの大変だから早く終わらせてくれませんか』

 くぐもった不機嫌そうな声が聞こえてきた。どうやら星野君と高倉君はヒグマという男に捕まってしまっているようだ。声が反響していることからどこか広い場所にいるらしい。

「そっちの友達と仲良くしてやれって。それじゃあな」

 そのままリーダーと呼ばれた男は電話を切る。ふたりが無事であることに安心したものの、気を抜くことはできない。相手は窃盗集団のカラスだ。盗みに入った場所で暴行を働いたという記事もあった。私達にも手を出してくるかもしれない。

「そういうことで。謎を解いて宝の場所まで案内してもらおうか」
「謎を解けって言われても……。『宝は土に眠る』が答えだ!こんなヒントで宝が見つけられるわけがねえ!」

 火縄君が声を荒げた。いつも一緒の取り巻きが人質に取られたことで動揺しているのだろう。

「無理だったら……。君たちは家に帰れなくなるけどそれでいい?」

 冗談とも脅しとも取れる、軽い口調でリーダーの男が言い放つ。子供を震え上がらせるのには十分な脅し文句だった。
 普段騒がしい瑠夏も、さすがに黙り込んでいた。和久君も唇を噛んで様子を伺っている。火縄君は先ほどからずっと顔が青いままだ。
 全員の心臓の音が聞こえてきそうなほどの緊張感の中、私の頭の中は冷え切っていた。
 小説を書いている時と同じ。高揚と静寂の波が同時に起こり、互いを打ち消すような……。そんな不思議な感覚に囚われていた。

「分かりました。この謎を解いて、宝を見つけ出してみせます」
「ちょっと。紬希つむぎ!」

 瑠夏が私の強気の発言に驚きの声を上げる。久しぶりに瑠夏の声を聞いた気がした。

「その代わり、約束してください。宝を見つけたら人質を解放してください。それと私達のことを無傷で帰すと」
「それはもちろん!俺達の目当ては宝だから!なるべく荒っぽいこと、面倒ごとは避けたいんでね」

 信じていいか分からないがリーダーの男が了承する。片手を挙げると後ろに控えていた男が私達の前に近づいて来た。

「その前にスマホ没収しまーす」

 教師のような口調。完全に男はふざけている。ふざけていながらも、どこで牙を向けてやろうかという獣のような視線を感じた。その一方でどこまでも軽い雰囲気なのだから油断できない。

「紬希……。いつやるの?」

 瑠夏が小声で私に問いかける。瑠夏が背負っていたボールケースの紐を引っ張ってみせた。

「その時になったら合図する。それまで待って」

 私の答えに和久君も静かに頷く。

「んじゃあ、案内してもらおうか。宝が隠された場所に」

 楽しそうなリーダーの声と共に私は改めて、手元の暗号文に視線を落とす。
 暗号文は全て解いたはずだ。それともまだ解けていない謎が残されているのだろうか……。
 私は紙を上下左右に動かしてみる。裏返した時、私は思わず目を丸くさせて呟いた。

「これって……!」
 

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