見出し画像

「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第二十話

 「ここから答えを探し出せって言うの?」

 誰かが暴れたかのように荒れた教室を見て私達は言葉を失った。今時不良集団なんて見たことがないけど……。ぱっと見、暗号に関係するようなものは置かれていない。
 あるのは散らかった机と椅子のみ。ひとクラス分にしては少ない気がする。

「『綺麗にしたら見えてくる』ってことはさ……。この教室の中の物、全部運び出さなきゃなのかな?」

 瑠夏るかががっくりと肩を落とした。そうなるのも無理はない。他の教室よりも椅子と机が少なくてもこの数を三人で廊下に運び出すのは辛い。
 呆然と立ちすくむ私達の横を通り過ぎ、和久わく君はしゃがみ込んで床を調べ始めた。薄汚れた木の床は土埃にまみれているので、手で払ったりして何かを探している。

「床に何かあるの?」

 和久君は床から視線を離さずに続けた。

「うん。綺麗にするのは多分、この散らかった机と椅子のことでそれを綺麗にしたら見えて来るものって床ぐらいなもんじゃない?だから暗号の答えは床にあるのかなと思って」

 私も和久君の隣にしゃがんで床を眺める。至って普通の木目調の床が広がっているだけだ。

「見たところそれらしいものが見つからないんだよね……」
「床に描いてあるモノと言えば机を並べるためのしるしぐらいだねー」

 瑠夏のうんざりした声に和久君が反応する。私も素早く瑠夏の方に視線を移す。

「須藤さん!その印どこにあった?」
「えーっと……ここだけど?こんなのどこの教室にもあったよね?」

 瑠夏が指さした先には確かに、黒のマジックペンで書かれた鍵括弧のような記号が書かれている。
 これは机を綺麗に並べるための印で、私達の校舎にも描かれていた。見慣れたものだったので特に気に留めていなかった。

「綺麗にするって……机を綺麗に並び替えろってこと?」

 瑠夏の驚いたような声に私と和久君がグーサインを見せる。

「須藤さん、ナイス!机を並べてみよう」

 私達は床に書かれた印を元に椅子と机を並び替えた。夢中になって動かしたので私はすぐに息が上がってしまう。

「これで終わりっ!」

 最後の椅子と机を瑠夏が並べ終える。なぜかその光景は私達が目にする普通の教室とは大きく違っていた。机と椅子は黒板を正面に碁盤の目状に並ぶはずが、そうはならなかった。
 私達は一番後ろから教室を見渡す。えーっと……これって……。私がつま先立ちになって全体像を捉えようとした時だった。

「答えはカタカナの『ム』だね!」

 腰に手を当て、瑠夏が暗号の答えを読み上げた。背が高いって羨ましいな……。私と和久君は静かにつま先立ちをやめる。
 机を並び替えて『綺麗』にすると見えてくる言葉、それが暗号の答えだった。だから最初に解いた人物が分からないようにわざと教室内を荒らしたのかもしれない。

「いいな。背が高いって」

 和久君が羨ましそうに瑠夏のことを見上げた。それは私もかなり同意する。背が高いと決まってみえる。
 瑠夏は私達から注目を浴びてふふんっと鼻を鳴らした。

「ふたりは小さくてかわいいこと」
「……最後の謎、とっとと解きに行くよ」

 自慢げな瑠夏の腕をわざと強く引っ張りながら教室を出る。
 暗号も残すところあとひとつ。一体どんな言葉が浮かび上がって来るのか……。私は真顔だったけど心の中では柄にもなくワクワクしていた。

「どこにも載ってねえじゃねえか!」

 旧3年2組の教室から火縄君の声が聞こえてきて思わず身構えてしまう。そっと教室のドアから覗くと、火縄ひなわ君がひとり何かと向かい合っていた。

「火縄じゃん。後のふたりは?仲間割れでもしたの?」

 ズカズカと瑠夏が教室に足を踏み入れる。私は冷や冷やした。先生達がいないのを良いことに乱闘が起こったらどうしよう……。

「スマホにデータ飛ばしてそれぞれで暗号解いてんだよ!三人で固まってる馬鹿なお前らと違って」

 私達を見下すように鼻で笑った。おもむろにハーフパンツのポケットから黒いスマホカバーのスマホを取り出す。

「黒の道の答えは『ム』な。誰かさんが大声で教えてくれたみたいだ」

 まさか。私達から離れたところで星野君と高倉君に答えを盗み聞きさせいていたのか。
 暗号を解くのに夢中で全く気が付かなかった。もしかして星野君と高倉君は忍者だったのか?

「またそうやって汚いことして!正々堂々と戦うことのできない人間になるよ!」
「世の中に正々堂々なんてねえだろ?コスパ、タイパ重視。俺のやってることの方が一般的だと思うけどな。てかこの程度、かわいいもんだろ」
「かわいくないわ!和久君の方が数十倍かわいい!」
「え……?」

 突然自分の名前が出た和久君が困惑の表情を浮かべる。
 確かに。和久君の方が可愛いのも、世の中に正々堂々なんてないという論も頷ける。苦手な性格傾向の相手でも理解できる部分があって少し驚いた。まあ、だからといって火縄君と友好関係が築けるかと言われるとそれはまた別の問題だ。

「白い矢印はこの教室にしかねえから来てみたら訳が分かんねえの。この机の中にこれだけ入ってたんだ」

 そう言って手にしていたものを私達に見せた。時代を感じさせる、手作り感たっぷりのその冊子は……。

「『宝石』?」

 私は思わず声を上げた。しかも表紙のデザインから見るに図書準備室の棚から飛び出していたのと同じものだ。
 
「意味のねえ文章が並んでてさっぱりだ。和久、お前解いてみろよ」

 ぬっと『宝石』が和久君の目の前に差し出される。敵チームから答えを盗み聞きした挙句、答えを教えてもらおうとするなんて。何とも大胆……というか横暴だ。
 私を無視して和久君に渡すところを見ると私には解けないと判断したらしい。
 和久君は黙って『宝石』を受け取るとページをパラパラとめくった。

白の道の先。宝石の中に隠れた道の先にある。

「この冊子、特に変なところはないね。生徒達の作品だけだ」

 珍しい。和久君の発想力をもってしても解けない暗号なんて。悔しそうに唇を噛み締める和久君の姿が新鮮で魅入ってしまう。

「何かあるとしたら暗号文の製作者である真珠しんじゅさんの作品の中になるんだろうけど……。それっぽいものは見当たらないし」
「貸してもらってもいい?」

 和久君が『宝石』を私に手渡す。
 私は図書準備室でも読んだ、冒頭の詩が印象的な真珠さんの作品に目を落とす。

頭の中で土の上に崩れ落ち、自分の体が朽ちていく光景を何度も見た。それでも未来を信じて歩く。

歩く、歩く、あ るくーーー

 『宝石』の中に隠された道……。
 旧校舎中に張り巡らされた矢印。
 私の頭の中にびゅうっと涼しい風が流れていった。積もり積もっていた落ち葉が一気に吹き飛ばされていくような爽快感。

「……分かった」

 抑揚のない私の声に三人の視線が集まる。嬉しそうな声を出したつもりだったんだけど……感情が声に乗らなかった。

「は?何が分かったんだよ」

 火縄君の舌打ちを聞き流し、私はポケットから暗号文を取り出す。近くにあった机の上で最後の文章の横に導き出した答えを書いた。
 砂でざらついた机の上で書いたせいで少しいびつな文字になってしまう。

『る』

「なんで?なんで『る』なの?」

 いつの間にか私の周りを三人が囲い込んでいた。パーソナルスペース内を侵されて、心が落ち着かない。私は身を縮こませてなんとかパーソナルスペースを広げようと試みる。

「そうか……!道は『矢印』のことだった。ここでいう矢印は『くーーー』のことを指してたのか!だから『く』の前にある『る』が答えなんだね!」
「どうしてこれが矢印に……!まあ、見えなくもねえか?」

 和久君の補足に火縄君が首を傾けて暗号文を睨む。
 はじめて読んだとき違和感を抱いた。何故ここだけ特殊な文章表現になっているのか……。
 理由は簡単。何故なら真珠さんの作品自体が暗号文の答えのひとつになっていたからだ。
 文章に見えるものも見方を変えれば記号になる。『くーーー』はひだりやじるしに見える。
 わざわざ『あ』と『る』の行間を設けていることから、矢印が示す先は『る』であることが分かる。

「すごい!氷上ひかみさんの文芸部的発想のお陰だよ!」

 和久君が火縄君のことをちらちら見ながら拍手した。火縄君は居心地悪そうにちっと舌打ちして視線を外す。
 これで少しは火縄君に文芸部の凄さを伝えることができただろうか。私もほんの少し胸を張る。

「答え出そろったんでしょ?早く全部通して読んでみようよ!」

 瑠夏に急かされて私は暗号文の答えに目を通す。

『タ』 『ちから』 『ラ』 『はち』 『つ』 『ち』 『イコール』 『しめすへん』 『ム』 『る』

「意味が分からない!」

 その場にいた4人の声が合わさる。まるで合唱の男女パートが上手くハモったみたいに綺麗に声が重なった。

 それにしても本当に……意味が分からない!

前の話  マガジン(話一覧) 次の話

#創作大賞2024  
#ミステリー小説部門



この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?