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「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第十九話

黄色の道の先。五つの線のうち三つ目の線の間にあるもの。

 暗号文の指示にある通り。私達は黄色の矢印を辿っていた。
 下ばかり向いてはいられない。時々周囲を警戒する。何だか首が痛みそうだ。

「音楽室かー」

 和久わく君の呟きと共に一歩、足を踏み入れた。音楽室の壁は他の教室とは異なっている。それは防音対策を施してあるからかもしれない。
 矢印がある位置で立ち止まるとちょうど黒板が見える場所だった。
 五線譜が印字された黒板にしろいマーカーでぽつんと音符が描かれている。

「これが『五つの線のうち、三つの線の間にあるもの』だね」
「ほんとだ~!『ラ』の音だ!」

 和久君の冷静な声と瑠夏るかの興奮した声が重なる。私は静かに暗号文の隣に『ラ』と記入した。

黄緑の道の先。生き物であり数字でもある。

 黄緑色の矢印を辿ると屋上へ続く階段の踊り場で止まっていた。
 私達の目の前にあるのは黄色と黒の『立ち入り禁止』テープと張り紙のみ。
 何を意味しているか分からない暗号も和久君が一瞬にして解いてしまう。

「『はち』だね」

 和久君の答えから暗号の解法を知る。
 黄色と黒の生き物と言えば『蜂』だ。そして数字の『はち』とも読める。

「答えは生き物の方?それとも数字の方?」
「この場合単純な答えの方を採用しようと思う。組み合わせて一文になるんだったら単純な言葉のほうだよ」

 瑠夏の疑問に和久君がスマートに答える。私は静かに暗号文の横に答えを書き込んだ。

緑の道の先。魚がいなくなって残ったもの。

 『緑の道の先』にあったのは……ぽつんと置かれた机だった。特に中には何も入っていない。

「机の中にある魚と言えば……『クエ』だね」

 和久君が空っぽの机を撫でながら答えた。和久君が真面目な口調でそんなことを言うものだから瑠夏がクスっと笑う。

「だじゃれみたい。というか『クエ』ってなんだっけ?」
「幻の高級魚!めったに見かけない魚で、メスは卵を産み終えるとオスになる面白い魚だよ」
「へえー。さすがクイズ部!そんなことまで知ってるの?」

 私も心の中で驚く。クエという魚は小学校の時、国語の教科書に出てきたのでよく覚えている。瑠夏は忘れてるみたいだけど。

「『魚がいなくなって残ったもの』だから答えは『つ』でしょ!」
「瑠夏。得意気だけど答えを出したのは和久君だからね」

 私は瑠夏が答えた通り、暗号文に『つ』を記入する。

「ねえ。思ったんだけどさ。先に『カラス』が謎を解いているならどうして暗号解読できないように細工とかしなかったのかな?矢印とか消しちゃえばよかったのに。音楽室の音符だって、変えちゃえば分かんないよ」

 水色の矢印を辿りながら瑠夏が呟く。瑠夏は時々鋭い気付きをする。私は床から顔を上げて、瑠夏を見た。

「そこまで時間が無かったかあるいは……。依頼主から『荒らさないでほしい』って指示された」
「だからなんでよ?」
「荒らされてるのがバレたら宝を狙ってることがバレるでしょう?一応旧校舎も先生達の見回りが入るから」
「依頼してるのが先生達かもしれないなら尚更だよね。その辺りのことはラッキーだったかもしれない」

 私と和久君の論に瑠夏は納得したのか「そっか。そういうことね」と頷く。私は再び暗号文に視線を戻すと、歩みを進めた。

水色の道の先。反対の世界から見えるもの。

「えー?何もなくない?」

 水色の矢印は確かに1階のネームプレートのない教室の中。教卓の前に止まっているというのに何もない。私も瑠夏と一緒に教室をぐるりと周る。無意味なことと分かっていても暗号文が指し示す物を探してしまう。

「もしかして……偽装工作したの火縄ひなわ達じゃない?隠したんだよ!」

 瑠夏が腕組をして、唇を尖らせた。それはあり得る……。悪役の火縄君ならやりかねない。

「だとしたら……あの場所にあるんじゃないかな」

 和久君は教室を出て向かったのは……男子トイレだ。
 使われていない校舎とはいえ、私と瑠夏は入るのを渋った。もう下水道も止めてあるから匂いもなにもない。ただ薄汚れた白いタイルが一面に貼られた、殺風景な光景を眺める。
 出入り口から顔を覗かせて和久君の様子を伺った。

「やっぱり。あったあった」

 そう言って私達の方に手洗い場に置かれたプレートを掲げてみせた。

「『さ』?」

 和久君が手にしていたのは平仮名の『さ』が印字されたプレートだった。あの三文字で書く方の『さ』ではなく二文字で書き終える『さ』の方だ。学校ではあまり推奨されない書き方である。

「これを『反対の世界』から見るよ」

 楽しそうに和久君がプレートを手洗い場に取り付けられた鏡に近づけた。

「『ち』!」

 私と瑠夏が声を揃えて発音する。『さ』を反転すると『ち』に見える。
 小学生の頃、『さ』と『ち』の書き間違いが多かったのを思い出す。
 鏡で反転させる必要があるから火縄一派は答えを確かめた後、暗号に関わる物をここに置いて行ったのだ。

「使ったもんはちゃんと元に戻してくれないとね」

 和久君からプレートを受け取った瑠夏は水色の矢印の先に戻す。私は暗号文の隣に『ち』と記入する。

青の道の先。答えを出すのに必要なもの。

 水色の矢印が指し示していた教室の隣に辿り着く。
 『3+5 8』という可笑しな数式が黒板に白い油性ペンで書かれていた。これも消されないための工夫したのだろう。
 一体この数式が何を示しているのか。瑠夏は何のことだか分からずに体が傾き、私は腕組をして黙り込んでしまう。

「答えは『イコール』だね」

 いとも簡単に和久君が回答してしまい、私達は思考を辞める。頭の回転が速すぎるんだよ。和久君は……。
 確かにイコールは『答えを出すのに必要なもの』だけれども。

「記号が答えになるなんてあり得る?」
「それは僕も考えたけどさ念他のため書きとめておいて。最後に考えようよ」

 私は和久君の指示通り。イコールをメモしておいた。

 『紫の道の先』に関する問題も瞬殺だった。
 あらかじめ答えの見当がついていた和久君のことだ。実際に物を目にしてしまえば簡単なのだろう。
 一番突き当りの教室の、壁に貼られた『時間割表』を指し示していた。

W4のひとつめ左側にあるもの。

「WはWednesday水曜日のW。4は4時間目だから……この時間割表では『社会科』だね」

 和久君が色褪せた時間割表をなぞりながら謎を解く。

「ひとつめの左側って……」
「社会科の『社』じゃないかな。多分、部首のことを言ってるんだと思う」
「なるほどね~。この場合、『ネ』……しめすへんのこと言ってるんだ」

 黒板に顔を近づけながら瑠夏が大きく頷いた。
 私は言われるがまま、暗号文に『しめすへん』と記入する。漢字の部首に記号……規則性のない答えだらけでひとつの文章になっているのか。不安になってきた。

「ここまですっごい楽勝じゃない?それも全部和久君のお陰だけどさ~。焼肉食べ放題も近いわ!」
「へへっ。色んなクイズを解いてきたせいか何となく暗号文を見ただけで答えの見当がついちゃって」

 瑠夏がバシバシと和久君の背中を叩く。瑠夏の力が強すぎて和久君が激しく前後に揺れた。大丈夫か……和久君。
 ここまで順調だったせいか、私達は思いもよらないところで足を止めることになる。最後から二番目の暗号文、『黒の道』の先で私達は驚きの声を上げた。

 2階の教室の出入口で黒い矢印が止まる。開け放たれていたドアから教室を覗いて思わず声を上げてしまった。

「何……これ」

 目の前に広がっていたのはここだけ荒らされたように散らかる椅子や机だった。中には倒れているものもある。

黒の道の先。綺麗にしたら見えてくるもの。

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