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「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第12話

 なんだろう。この気まずい空間は……。
 教室の右端に私と和久わく君、瑠夏るかが座り、左端に火縄ひなわ一派が座る。帰りのミーティングで清水きよみず先生が旧校舎の片付けに参加する生徒は残れと言ったからだ。
 それにしても清水先生に待たされて数分が経過している。瑠夏は体操服に着替え、廊下を通り過ぎて行く同じバレーボール部に所属する生徒に手を振った。

「先生遅い―。早く部活行きたいのにー」

 背もたれに寄りかかって駄々をこねる瑠夏に遠くから火縄君の声が飛んでくる。

「行けばいいじゃねえか。宝のことなんて放っておいて」
「行くわけないでしょ!あんたらにチャンスを与えたくないし!」 

 瑠夏が鼻を鳴らすと火縄一派はゲラゲラと笑い声をあげた。全く気分が悪い。

「私、職員室に様子を見に行ってみる」

 教室の雰囲気に耐えられなくなった私は席を立ちあがった。

「いってらっしゃい」
「最初から呼びに行けよな」

 風をひきそうなぐらい温度差の激しい和久君と火縄君の言葉を背に私は1階にある職員室に向かう。
 部活動のユニフォームを着た生徒達と通り過ぎる。授業を受けている時間よりも部活動の時間の生徒達の方が生き生きとしているように見えた。
 この解放された放課後の雰囲気が私は好きだったりする。

「宝のことですが……依頼終わりました」

 清水先生の声に思わず階段を降りる足を止める。どうやら階下に清水先生がいるようだ。私は反射的に腰を屈め、耳を澄ませた。「宝」というワードに敏感に反応する。

「ひと段落すればいいんだけどなあ」

 この腹の底から震えるような低い声は……鬼山先生!隠れながら思わず生唾を飲み込んだ。宝は噂話で嘘だと生徒達に宣言していたはずなのに何故そんな話をしているのか。私は耳に全神経を集中させた。

「これでなんとか宝は我々の物になるでしょう」

 え……?今、清水先生はなんと言っただろうか。私は驚きの声を漏らさぬように両手で口を塞いだ。
 先生達も学校の宝を狙っていたなんて……。
 少しずつこちらに足音が近づいて来るのが聞こえて、私は慌てて教室に駆け戻った。
 とんでもない事実を知ってしまった。窃盗集団の他に新たなライバルの出現……それがまさか先生達だなんて。
 だとしたら生徒達に宝探しを辞めさせようとしていたのは安全性の問題だけではなくなってくる。それに依頼というのは何だろうか。そこまで考えて私はあるストーリー展開が頭に浮かび、心臓が激しく脈打った。
 もしそれが本当だとしたら……大変だ。

紬希つむぎおかえりー。どうだった?」
「えっと……そろそろ先生達来そう」

 私は動揺を悟られぬように瑠夏の隣の席に腰を下ろす。同じ教室内であっても自分の席ではない席に着くのは落ち着かない。それに加えて清水先生達のあの会話……。
 和久君はそんな私の異変を察知したのか。きょとんとした表情でこちらを眺めていた。
 程なくして、ガラガラと教室のスライドドアが開かれる。軽い地響きと共に、体を屈ませながら鬼山先生が入って来る。

「お……鬼山おにやま先生?」

 私以外の生徒達の声が重なる。

「どうした?俺が来ちゃまずいか?」

 凍りついた教室に鬼山先生がニヤリと笑みを浮かべた。友好的とは程遠い、子供が泣き出しそうな笑顔だ。いや、この表情を笑顔と言っていいものかどうか。

「旧校舎の片付けの担当として私と鬼山先生が付くことになりました。軽くですが旧校舎の片付けの手順を説明します」

 教室のドアを閉めながら、清水先生のよく通る声が教室に響く。プリントが配られ、片付けの手順が簡単にまとめられていた。

「主に使えそうな椅子や机……細々とした備品を運んでもらいます。その他大きな物や運び出すのが困難な物は全て業者に任せるつもりですのでその日に全ての者を運び終える必要はありません。日付は今月末の日曜日。その週から業者の出入りもあります」

 私はプリントを見下ろし、とんでもない情報を胸に秘めながら話を聞いていた。
 あの会話は本当なのだろうか、私の幻聴じゃなくて?いや、確かに先生達の声だったし最近行われた身体測定で私の聴力は正常だった。

「当日はジャージ参加で、軍手を持ってきてください。具体的な段取りはプリントに記載のある通り。当日先生達の指示を元に動いて頂ければ問題ありません」
「何か質問はあるか?」

 鬼山先生の圧の強い声は生徒達の質問を受け付けない雰囲気がある。黙り込む生徒達を一瞥して鬼山先生は鼻で笑う。

「それじゃあ当日、しっかり働いてもらうからな」

 私はその言葉に込められた意味を考えてゾッとした。

「質問がなければ解散!各自部活動頑張ってくださいね」

 清水先生の手を叩く音が合図となってミーティングが終わった。
 火縄一派は早々に教室から出て行く。私達のことを薄ら笑いながら。絵に描いたような性格の悪さがいっそ清々しい。

「ふいーっ!やっと終わった。部活だ部活だ!」

 私は教室を出て行こうとした瑠夏のリュックサックを無言で掴んだ。

氷上ひかみさん……何かあったんだね」

 察しの良い和久君の言葉に私は頷く。

「ふたりとも……少し図書室の前までいい?」

 いつも以上に険しい表情を浮かべた私をふたりは顔を見合わせていた。


「事態はかなり複雑で深刻かもしれない……」

 私は図書室の前で腕組をしながら口を開いた。勿論周りに誰もいないことを確認して。

「どういうこと?」

 瑠夏は部活動に行きたくてそわそわしているけれども、ちゃんと私の話も聞こうとしてくれている。

「先生達を呼びに行った時何かあったんだね」

 和久君の言葉に促されて私は咳ばらいをすると驚きの新事実を語った。

「清水先生と鬼山先生が……宝の話をしてた」
「うそおっ!」
「しっ。静かに……。どこで誰が聞いているか分からないから」

 廊下に響き渡るほど大きな瑠夏の声に私は手で制する。瑠夏は慌てて口元を手で覆った。

「火縄とカラスだけじゃなくて先生達も僕らの宝探しのライバルだったってことだね」

 和久君も驚きを隠せない表情をしていたけど、冷静に情報をまとめてくれた。
 更に私は眉間に皺を寄せ、ストーリー展開から考えられる恐ろしい展開を伝える。

「うん。それとこれは私の予測なんだけど……。もしかすると先生達はカラスと繋がってるのかもしれない」
「え……」

 ふたりは瞬きをするのも忘れて、私の方を眺めていた。

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