「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第11話
「皆さんにお知らせがあります。兼ねてより話を進めていました、旧校舎の取り壊しが決まりました」
今、清水先生はなんと言っただろう。朝、やっと稼働し始めた私の体が飛び起きるぐらいに驚いた。
「夏休み中に取り壊しを実施し、準備は今月末から始まる予定です。そのため業者の方や機材が出入りすると思いますので注意しておいてください。来客の方への挨拶もきちんとすること」
予想もしない最悪の状況。いつか旧校舎は取り壊されてしまうという話は聞いていたけどそれがまさかこんなに早く決まるとは思わなかった。
宝の在り処が示された旧校舎が無くなってしまうなんて……。私は顔を俯かせ、机の下で握りこぶしをつくる。
「そのため生徒達からも後片付けの手伝いを募集します。朝礼が終わったら申し出るように」
これはチャンスだ!清水先生の言葉に私は顔を上げた。
瑠夏の席の方に顔を向けるとこちらを見てガッツポーズをしている。右隣の席である和久君も私に親指を立ててグーサインをしてみせた。
安堵して前を向くと清水先生が得意気な表情を浮かべていた。そんな清水先生の姿を見てまた私は真顔になる。
「それと今月末に『あじさい祭』が開催されます。ボランティア参加者と吹奏楽部は昼休みに多目的教室に集まってください。それから全校集会について……」
ああそれでか。私はひとりで納得する。
生徒達が旧校舎の後片付けに興味を示さなかったのはあじさい祭と被ってしまうからか。単純に宝探しに飽きたのかもしれないし、鬼山先生が怖いからという理由もありそうだ。とにかく宝探しのライバルが減るのならそれはそれでいい。
「はいっ!私、旧校舎の片付けに参加しますっ!」
「ありがとうございます。須藤さんが珍しいですね」
先生たちに宝探しのことがバレたらお終いだ。瑠夏、そのあたりのことちゃんと理解しているんだろうか……。冷や冷やしながら瑠夏と先生のやり取りを見守った。
「はいっ!たまには人のため、世のため。学校のために働きたいと思いまして!」
分かりやすい嘘に私は額を押さえた。瑠夏のはっきりとした声によって嘘に聞こえないのがすごい。
「あの……私も参加します。暇なので」
「僕も参加します。クイズ部の大会は秋なので」
瑠夏をフォローするように私と和久君が清水先生に申告する。
恐らくストーリー展開的にあの人達が来てもおかしくはない。
「せんせー俺達も手伝いまーすっ」
気怠い声で片腕を上げながらこちらにやってきたのは私の想定通り。火縄一派である。三人ともにやにやしながら此方に向かってくる。
瑠夏はあからさまに嫌悪感を露にし、和久君はただ微笑みを浮かべていた。
静かに両陣営の間に火花が散る。私も火縄一派を黙って眺めた。
「嬉しいですね。うちのクラスにこんなに献身的な生徒がいるなんて……」
裏の事情を知らない清水先生が嬉しそうに目元を拭う仕草をみせる。
ごめんなさい先生……。私達は学校のためではなく、宝のために旧校舎の片付けに参加します。悪い生徒ですみません。私は心の中で清水先生に頭を下げる。
「詳細はまた追ってお知らせしますね」
清水先生が立ち去るのを確認すると火縄君が口を開いた。
「旧校舎の片付け楽しみだな。文芸部」
火縄君はほくそ笑んだ。その口調は決して片づけを楽しみにしているものではなかった。火縄君は自分が負けると少しも思っていないようだ。無限に湧き上がってくるその自己肯定感が羨ましい。
私はそんな火縄君に答える言葉が見つからず、黙って席に戻った。それが面白くなかったらしく背後から火縄一派の舌打ちが聞こえる。
「火縄たちまで参加してくるなんて……。絶対邪魔してくるに決まってるじゃん!清水先生に言って外してもらう?」
私の側にやってきた瑠夏が火縄君たちを睨みながら呟いた。その姿は試合前の闘争心むき出しの瑠夏だ。
普段はお気楽な瑠夏だけど争いごとになると容赦がない。体育の授業でも本気になるタイプで、いつも私は瑠夏に叱責されている。
体育の授業であっても瑠夏が手を抜くことはなく、取ったら死ぬかもしれないレシーブを打ってくる。
バレーボールのポジションでオポジットというアタッカーのポジションを担っているせいだろうか。スポーツや何か競い合うことに関して手加減せず、本気になる。
私が文章に反応するように瑠夏も勝負ごとに反応する質らしい。
「大丈夫だよ。たとえ解けたとしても宝の場所は分からないんだからさ。火縄達を泳がせておこうよ」
右隣にいた和久君が声を潜めて言った。
口元に手を添えてかわいらしくこそこそ話をする素振りとは裏腹な、腹黒い提案に驚く。
誰とでも人当たりよく話す和久君にこんな一面があったとは。突然雰囲気が変わる和久君に底知れなさを感じる。
「そ……そうだね」
そういう私も和久君と同じことを考えていた。
ストーリー展開を考えれば、火縄君たちは私達の暗号解読に立ちあうつもりなのだろう。あわよくば答えを横取りし、宝を手にしようと考えているはずだ。
残念ながらこの暗号を解読しても宝が見つからない。
そのことを利用して火縄君達に宝探しを諦めさせ、その間に私達が新たな謎を解読して宝を見つける……。我ながらうまいストーリー展開だと思うのだけれど、どうだろう。
「ひゃー。相変わらず探偵達はすごいね。先の先を考えて。分かった!そうする」
瑠夏が興奮したように私と和久君の背中をバシバシ叩く。
その反動で私と和久君はボールのように前後に大きく揺れた。相変わらず瑠夏の力には敵わない。
「というかそろそろあじさい祭の季節なんだねー。はあ、屋台のご飯食べたい……」
「確かに。もうそんな時期なんだね……って瑠夏。食べてばっかり」
「えへへへ」
あじさい祭というのは大通り沿いに植えられた紫陽花ロードで毎年行われる地域のお祭りだ。SNSでちょっとした話題のスポットになり、年々来場者数を増やしている。
そのお祭りに同森ヶ丘中学校の生徒もボランティアや楽器演奏で参加していたりする。
「業者の方ね……」
私は清水先生の言葉をなぞるように呟いた。
私の頭の中には、あるひとつのストーリー展開が浮かんでいた。
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