「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第2話
「相変わらずクールだね~!紬希は。爆破予告と犯行予告がダブルで出されたっていうのに」
瑠夏はピースサインを私に向けて来る。椅子に座り、鞄の中の教科書とノートを机に仕舞いながら私は深いため息を吐いた。
「不謹慎でしょ。そんなことで盛り上がるなんて」
「も~。紬希ってばお堅いんだから!こんな時ぐらい楽しんだらいいのに」
「爆破予告に犯行予告だよ。何をどう楽しんだらいいの?」
「えーと……。なんかよく分かんないけどスリルがあって楽しいって感じ?」
瑠夏は笑顔のまま首を傾げた。たまにこういう単純なことを楽しむことのできる瑠夏が羨ましくなる。
「爆破予告なんて大体嘘だから。爆破予告を出すのは他に達成したい目的があるから出してるんだと思う」
「え?どーいうこと?」
瑠夏がショッピングチャンネルの相槌を打つ女性アナウンサーばりにいい反応を見せる。だから私も調子に乗って解説を続けた。
「例えばショッピングモールだと営業妨害。大学ではテストを受けたくない生徒がテストを中止にするために出したって話も聞いたことがある。爆破予告には爆破を脅しにした何かが裏にあるってこと。本当に爆破させたいなら予告せずに爆破すると思うよ」
「ふ~ん。じゃあ、お宝の犯行予告は?」
私は腕組をする。そう、考えても分からないのはそこなのだ。
「犯行予告は……する意味が分からない。だって、宝を盗みたいなら大々的にしない方がいいに決まってる。盗まれないように防犯対策されるし、盗む側からしたら良い事なんてひとつもないはず……」
そもそもどうして爆破予告と犯行予告を同時にする必要があったんだろうか。予告を出した人の目的って何なの?
ストーリー展開的に考えると……。
「すっごーい!やっぱり小説家は違うね!」
私が最後まで答えを出す前に瑠夏は私の首元に抱き着いて来た。私は思わずしかめっ面をしてしまう。あまりこういうスキンシップは好まない。でも振り払ってしまうのも瑠夏に悪い気がしてできないので大人しくされるがままだ。
さっきまで考えてたことが吹っ飛んでしまった……。重要なことだったはずなのに。
「待って!いいこと思いついた!学校の宝、探してみない?」
「え……?」
突拍子もない瑠夏の提案に私は瞬きを繰り返す。
「そーしよ!絶対面白いって!」
瑠夏の瞳が動画撮影用ライトを使用しているかのように輝いている。
「爆破予告も犯行予告も嘘の可能性が高いと思うけど……」
「でも宝は分からないじゃん!あるかないか確かめようよ!ついでにお宝、私達のものにしよう」
急に瑠夏は小声になる。残念だけど瑠夏の小声は普通の音量なんだ……。宝探しの提案は周りに聞こえてしまっている。
「僕もやりたい!宝探し」
横から別の声が聞こえてきて、私と瑠夏はそちらに視線を向ける。その声は私の右隣の席に座っていた男子生徒……和久陽向だった。
さらさらの直毛が首を傾げたことで微かに揺れる。私よりも背が少し高いけれどどことなく幼くみえる男の子だった。
「お!パズルの天才が付いてくれるなら心強い!」
男子生徒の名前は和久陽向。
柔和な見た目と性格から誰とでも分け隔てなく仲良くなる。クイズ部に所属するちょっとした有名人だった。
同森ヶ丘中学校の中で顔が広い生徒だったが、人を率いて何かするタイプの生徒でもない。人気があることをいいことに人を見下すようなこともしない。
私はストーリー展開で解釈できない人物が苦手だ。
人というのは大体性格傾向が決まっている……と私は考えている。小説の登場人物のように属性があるのだ。性格傾向が予め分かっていればどんなふうに接すればいいのか分かるのに。
だから自然と私と瑠夏の中に入ることのできる和久君をすごいなと思いながら警戒心もある。
狭い交友関係を築く私とは正反対すぎて、なんとなく居心地が悪い。かと言って断るのも感じが悪いのでここは黙認する。
「って言っても僕、パズルしかできないけどね。役に立つか分かんないけど」
私が警戒しているのに関わらず和久君は頬を掻いて可愛らしい笑顔を浮かべる。言っておくけど和久君の笑顔は不愛想な私よりもかわいい。
「全然役立つよ!だって宝探しってことはパズル……暗号もあるかもだし!大歓迎だよね?紬希!」
「私まだやるとは言ってな……」
瑠夏の提案を断りを入れようとすると。
「クイズ部なら分かる。けど文芸部に宝の謎が解ける訳ねえだろ?」
鋭い声が少し遠くから飛んでくる。名前ではなく文芸部呼びに私は嫌悪感を示す。
「そういうこと言わないでくれる?火縄ァ!」
瑠夏がすぐに反対の声を上げる。教室内が私達に注目し始めた。
中学生というのは「騒ぎ」が好きだ。退屈な日常を埋めるものならばそれが良い事だろうと悪い事だろうと関係ない。喜んで観覧席に座る。
学校というのはこういう特殊な集団心理が働くから面倒くさい。
「クイズ部は謎解きみたいなもんだろ?でも文芸部は……ただ妄想書いてるだけだ」
まるで己の言うことが全て正しい、みたいな話し方をするのは火縄竜だ。
少し長めの前髪を両脇に分けた髪型に足を広げて偉そうに座っている。その周りには取り巻きの男子生徒が常に2,3名いて同じように私の方を見て嫌な笑みを浮かべていた。
彼は小説で登場する人物でいうところの「意地悪なクラスメイト」である。ここまで分かりやすい性格傾向だと助かる。あまり関わらないように距離を取ればいいのだから。だけど今回ばかりはそうもいかなそうだ。
「ちょっと!そういう言い方はないんじゃない?小説を書くのだって十分凄いことだと思うけど?」
瑠夏は物怖じせずに火縄一派に反論する。瑠夏を止めるためにワイシャツの袖を引っ張ってみるも興奮した瑠夏を止めることはできない。
「どこがだよ!ただ文章書いてるだけだろ?そんなもん誰でもできるっつーの」
「あんたねえ……。射撃部で少し腕がいいからって他の人のこと馬鹿にすんのやめなさいよ!」
皆が火縄君に口出しできないのはライフル射撃部のエースと言われ、数々の大会で優勝しているからだ。そのせいで火縄君はかなりの自信家で、人を見下す性格をしている。
自分が認めた実力を持つ者にしかまともに会話しようとしない。小説の中に登場しそうな、典型的な嫌な奴なのである。
だけど火縄君がそんな風に鼻高々になってしまうのも納得できる。彼は結果を残しているからだ。それも珍しい競技で……。
それに比べて私は……結果を残していないただの文芸部員。直木賞でも取らない限り彼を黙らせることはできないだろう。
「文芸部って数ある部活の中で最弱だよなあ。誰か表彰されてたけど入選どまりだし」
「人数もふたりしかいねえしな!なんで廃部になってないんだ?」
火縄君の取り巻き、高倉君と星野君が汚い笑い声を上げる。
冷静な私でもさすがにその言葉にはカチンときた。
私の駄作を馬鹿にするのはいい。
つまらない。読みにくいだの、話の造りが甘いだの、キャラクターがいまいちだと言われるのは構わない。
ただ……文芸部を馬鹿にすることだけは許せない。しかも私の尊敬する加賀美先輩を馬鹿にした。
小説が評価されるのがどれほど難しく凄い事なのか。皆分かっていない。
「ちょっと言い過ぎだって……」と場を収める言葉を言いかけた和久君を遮るように私は火縄一派の前に立っていた。
「……私が学校の宝を見つけ出してみせるから。今までの発言撤回してよ」
私が刃向かうキャラだと思っていなかったのだろう。火縄一派は目を点にして私のことを眺めていた。
火縄君だけは面白そうにニヤリと笑っていた。
「言ったな?文芸部員。もし宝を見つけられなかったら廃部な!」
火縄君が文芸部を廃部にする権限などないことは分かっていたけど私はそのままその気にさせておく。火縄君に脅されなくてもふたりしかいない文芸部はいつだって廃部の危機にあるのだ。
悲しいことになんの脅しにもなっていない。
「分かった。もし宝を見つけたら……謝罪と文芸部を兼部してもらうから」
私の要求に周りの生徒達がざわついた。
「紬希ったら!ナイスアイデア!」
「あははっ!氷上さんってば頭いい!」
瑠夏と和久君が私の後ろで盛り上がっている。
火縄君は椅子の上からずり落ちそうになりながら、気を取り直すとぶっきらぼうに言い放った。
「俺がそんなだっせー部活に入るわけねえだろうが!」
「ペンは剣よりも強しという言葉があるのなら……ペンは銃よりも強しという言葉があってもおかしくないと思いませんか?火縄君」
耳に心地い低音が教室に響きわたると同時に始業のチャイムが鳴った。
女子生徒たちのテンションが変わっていくのを肌で感じる。
「おはようございます!清水先生!」
ワントーン高い女子生徒達の挨拶に教室に入室して来た教師……清水先生がふんわりと微笑む。
三十代後半という年齢ながら俳優さながらのビジュアルを持つ社会科教師であり2年2組の担任でもある清水敬先生が教室に入って来たのだ。
たくさんの生徒や保護者達の「推し」になっている。その爽やかな見た目だけではなく、余裕のある知的な物腰、授業も分かりやすくて人気の先生なのだ。
「言葉はどの権力や武力にも勝るもの。そんな言葉を扱う文芸部を馬鹿にするのはいかがなものかと思いますよ」
火縄君が大人しくなるのを見た後で「言ってやったぞ」と言わんばかりに私の方に笑いかけてきた。
私は女子の黄色い声が飛び交う中、また真顔になってしまう。
こんな風に気取った感じが気に入らない。
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