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「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第25話

「宝探しを泥棒に依頼した黒幕って誰よ?」
「……本丸次郎もとまるじろう教頭先生だろうね」
「え?」

 私が先に答えを言ってしまったので瑠夏るかが困惑した表情を浮かべる。
 清水先生に促されて姿を現したのは萎れた表情を浮かべた教頭先生だった。俯いた後頭部から白髪がちらほらと見える。己の悪事が明るみに出たせいか、顔色が悪くどこかおどおどしていた。宝が無事に回収されるか見届けるために学校に潜んでいたのだろう。

紬希つむぎ、最初は清水きよみず先生が怪しいとか言ってたのにどうして教頭先生だって分かったの?」
「消去法。一番怪しいのは清水先生だったけど鬼山先生がカラスと戦い始めて味方だって分かった。だとしたら考えられるのは教頭先生ぐらいだと思って」
「でもさ。遺産絡みなら校長先生だって怪しいでしょ?なんで?」

 瑠夏に揺さぶられながら私は解説を続ける。

百花ももか先生によると宝の話になった時、校長先生は驚いて教頭先生は顔を青ざめさせたらしいよ。驚くのは分かるけど顔を青ざめさせるって何か後ろめたいことでもあるのかと思って」
「ええー。そんな会話にまで違和感持つの?やっぱ紬希はすごいわ」

 そういって私の頭を瑠夏が掻き混ぜた。お手をした犬を褒めるみたいに。髪の毛をくしゃくしゃにされた私は真顔になった。

「た……確かに。私が宝探しの依頼をした!だけどせ……生徒にまで危害を加えろなんて言ってない!」

 教頭先生が声を震わせながら言った。少しでも己の罪を軽くしようと必死な姿が痛ましい。悪いことをしたと認めればいいのに。

「俺らだって。危害を加えるな、なんて聞いてない。ただ『宝を探し出せ』としか言われてないからな」

 子供の屁理屈みたいにカラスのリーダーが両手を広げて舌を出す。私からしてみればどっちもどっちだ。
 体育館内は戦意を喪失したカラスのメンバーたちが座り込んでいた。柔道部の生徒達が泥棒達が逃げ出さないよう見張っている。
 さすまたを手にした鬼山おにやま先生が「虫一匹たりとも逃さない」という空気感を出しているので本物の警察が辿り着くまで時間は稼げそうだ。
 遠くで火縄ひなわ一派が感動の再会を果たしているのが見えた。お互いに肩を叩き合い、笑顔を浮かべている。
 いつもの見下した笑顔ではなく、年相応の少年達の笑顔になんだか気が抜けてしまった。いつもその笑顔で話しかけてくれればいいのになんて思う。

「ていうか……。清水先生達どうして急に消えたんですか?私達が危険な目に遭ってるっていうのに!」

 瑠夏が和久わく君の横に立つ清水先生を指差した。目を細めて清水先生を責めているようだ。そんな瑠夏に構わず、清水先生が爽やかな笑顔で答えた。

「すみませんね。此方にも色々準備があって」
「清水先生の作戦だったんですよね?」

 私の言葉に清水先生の笑顔が固まる。

「先生は今日カラス達が宝を奪いに来ることを知っていた。宝は体育館の地下にある。だとしたら最終的にカラスと私達が辿り着くのは体育館になります。
私達をおとりにして射撃場に身を潜ませていた柔道部員と鬼山先生で囲い込む作戦だったんでしょう。だから体育館の鍵が開いてた」

 清水先生は時折相槌を打ちながら楽しそうに私の話を聞いていた。私は話しながら不機嫌になる。
 清水先生が勝つためならどんな手でも使う軍師に見えたからだ。さすが社会科教師というべきか……。
 いくら窃盗団を一網打尽いちもうだじんにするためとはいえ生徒を危険な目に遭わせるとは……。保護者説明会を開くレベルである。

「うーん。氷上ひかみさんの推理は70点ぐらいですかね」

 清水先生の呑気な声に私はむっとする。テスト以外で点数をつけられるなんて心外だ。こんな風に余裕な感じが気に入らない。

「生徒が謎を解いて実際に宝を見つけて欲しかった……。あの子のためにも」

 そう言ってここではない。どこか遠くに視線をやった。

「ということは先生、宝が何だか知ってるの?教えてよ!」

 瑠夏が目を輝かせながら言う。清水先生は両手を上げ下げするジェスチャーをしながら瑠夏を落ち着かせた。

「ここまできたら実際に見た方がいいでしょう」

 先生の言う通り。ここで答えを聞かされたらなんとなく盛り上がりに欠ける。

「どっ……どうして清水先生が我が家の遺産のことを知ってる?私でさえ父からこの暗号文を手渡されただけで宝のことを知らされていないというのにっ!」

 上ずった声で教頭先生が清水先生を批判する。人差し指が微かに震えていた。

「教頭先生のお父様であり、私達の代の校長先生。本丸朔司もとまるさくじ校長は子供達に教えるべきではないと判断したのでしょう……。そして私もそう判断しました。宝を見つけたのも、その暗号を作ったのも私達ですから知ってて当然です」
「は……?」

 教頭先生の眼鏡がずり落ちた。私も和久君も瑠夏も思わず顔を見合わせてしまう。

「先生、真珠しんじゅさんと一緒に暗号を作ってたんだ……」
「へえ。さかえさんのことまで調べているなんて……。名探偵みたいですね」

 和久君の呟きに清水先生が微笑んだ。

「警察が来てんだろ?逃げるのは諦めるからさー。せめて宝が何なのか見せてもらってもいいだろう?」

 両手を上げたままカラスのリーダーが清水先生の方を見る。
 その目は、隙あらば宝をかすめ取ってやるという目をしていた。泥棒というのも中々にしぶとい。
 宝とこの場の平和を守るために私はリーダーを牽制した。

「たぶん……宝は簡単に運び出せるようなものじゃありませんよ」
 
 私の一言にリーダーの目がすっと細くなった。こんなにも表情豊かなのに恐怖感を感じる。

「ずーっと思ってたんだけどさ……。君って何なの?俺達『カラス』の存在に気が付くのもそうだし。俺達が来ることも予測してたっぽいじゃん」

 自分は何者か。哲学の問題みたいだ。恐らく相手はそんな深い答えを期待しているわけじゃないんだろうけど。
 私は天井を見上げながら答えを探す。私は何なのか……だけど何も思いつかなくていつもの台詞に落ち着く。

「ただの文芸部員です」

 文才もユーモアの欠片もない返答にリーダーは釈然としない表情を浮かべていた。

「文芸部って……文章を書くだけの部活?あの地味な?」

 またこれか。私は相手が窃盗団のリーダーだというのも構わず言い返した。

「そうです。あなたはその文芸部に負けたんです」
「物語は泥棒よりも強し……だね!氷上ひかみさん!」

 後ろから飛び出してきた和久君の言葉に怒りが薄れていく。後ろで手を組んだまま体を傾け、ほんの少し得意そうな表情がかわいらしい。
 そうか。私はストーリー展開を想像したお陰で宝探しをやり遂げ、窃盗集団と対等に戦うことができたのか……。
 小説を読み、書いていたことがこんなことに役立つなんて。嬉しいのか悲しいのか分からない。作品を評価されたわけではなく、ただの文芸部であることに変わりはないのだから。
 だけど本音を言えば少し嬉しかった。
 将来役に立たないと言われても、妄想だと言われても。どうしようもない現実をどうにかする力が小説にはあるのだと実際に経験することができたのだから。
 私の心の中を埋め尽くしていた空白がほんの少しだけ埋まったような気がした。
 リーダーはまださっぱり分からないという表情を浮かべている。

「はいはい!そこまで!宝の場所へ向かいますよ」

 パンパンッとリズミカルな清水先生の拍手が私を現実に引き戻す。
 いよいよ学校に隠された宝と対面する時がきた。

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