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「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第十四話

「なになに?恋バナ?いいの?私が聞いちゃって」

 きゃぴきゃぴしながら図書室の座席に座ったのは百花咲ももかさき先生、その人だ。ウェーブがかった焦げ茶色の髪を後ろに流し、甘いお菓子のような香水の香りが図書室に充満した。小花柄がプリントされたスカートがふわりと舞う。
 百花先生と向き合うように正面の席に私と加賀美先輩は腰を下ろした。

「実は……氷上ひかみさんが聞きたいことあるみたいで」

 笑顔で私にパスを回す加賀美先輩に圧倒される。私は咳ばらいをした後で百花先生に向き直ると、慎重に質問を投げかけた。

「百花先生は学校に隠された宝についてどう思われますか?」

 まずはこの質問で相手の出方を見極めたい。カラスに通じているのが清水先生と鬼山先生だけではない可能性もある。私は息を呑んで百花先生の言葉を待った。

「宝?ああ、SNSの投稿のこと?学校に金塊か現金があるっていうなら給料に変えて先生達に支給して欲しいなとは思うけど」

 百花先生の素直な言葉に加賀美先輩が笑みを零す。そんな百花先生の冗談を私は馬鹿真面目に聞いていた。
 語り口や表情を観察するに百花先生は宝を狙っているわけでも宝の正体を知っているわけでもなさそうだ。

「意外ね。真面目なふたりがそんな噂話するなんて。そういうのあまり興味なさそうじゃない?」

 興味深そうに百花先生は身を乗り出す。百花先生の言葉に私の心に空白が生まれる。
 やっぱり私は先生からも「真面目でつまらない奴」だと思われているようだ。少しでも真面目っぽくない方角を歩けば他の人から「そっち行くの?」みたいに驚いた顔をされる。
 どこに行っても「他人が思うキャラクター通り」の言動が求められ息が詰まった。そういう点では現実世界と小説は似ている。小説の登場人物も決められた性格傾向通りに行動させなければならないから。

「そうそう。お宝と言えば。校長先生のお父様が病気らしくて……。遺産の話が出て色々と揉めているみたい。だから実は隠し財産が学校にあったりするかも。遺産相続をめぐる争いなんて……まるで小説みたいね」

 百花先生が楽しそうに声を潜めて言う。私と加賀美先輩は顔を見合わせた。これだ!私が欲しかった情報は。

「校長先生と教頭先生が言い争いをしていたんですか?」
「表立ってはないけど……。裏でほんの少し言い合ってるのをね。職員会議の後で見ちゃったの。『誰が学校のために尽くしてきたと思う?代々引き継いできた宝を私にも受け取る権利がある』って教頭先生が言ってた。何か事件が起こらなければいいけど~」

 絶対そんなこと思ってないですよね?と言うツッコミを押さえて私は冷静に百花先生に質問を続ける。私はいつの間にか探偵ではなく取り調べを行う刑事になっていた。探偵に小馬鹿にされるような、ちょっと抜けた刑事役という設定になるだろう。

「それじゃあ宝のことは悪戯だって言ってたのは嘘だったんですね」
「職員会議でも必死で『あんなの悪戯だ』って説明していたけど怪しかったわ。校長先生なんて何で外部にバレたんだ?って顔してたし。教頭先生なんか顔面蒼白だったからやっぱり何か金目のものを隠してるんじゃないかな~」

 百花先生は机に両頬をついて楽しそうに話した。まつ毛パーマを施しているであろう、長いまつ毛がパチパチと動く。

「先生そんなことうちのクラスでは言ってなかったじゃないですか!」

 加賀美先輩が頬を膨らませて百花先生を批難した。子供っぽい言動の加賀美先輩もギャップがあっていいな、なんて余計なことを考えてしまう。

「当たり前でしょー。受験生クラスにそんな話する訳ないじゃない。気が散るでしょ?それに宝の件で生徒を触発させちゃいけないってお達しが出てるし。ここで話せてすっきりしちゃった」

 百花先生が満足そうに伸びをした。

「校長先生達、何かA4の用紙みたいなの持ってませんでしたか?」

 すかさず私は次の質問を投げた。百花先生は一瞬驚いた顔を見せたけれど、うーんと唸り声をあげた後で首を振る。

「持ってなかったと思うけど……どうして?」
「……何でもないです」

 暗号文のことを詳しく話すわけにはいかないので静かに引く。あまりひとりの人物に情報を引き出しすぎるのも危険だ。

「もしかして~ふたりは宝を探してるの?学校で禁止されてるのに……」

 百花先生の瞳がきらりと光る。
 こんなに宝のことを話しているのだ。そんな風に疑われても仕方ないけれどこのまま生徒指導に送られるのはごめんだ。私はいつもの通り、顔に表情を出さずに適当な言い訳を考える。

「いいえ。今度『宝石』に掲載する小説の参考になればと思って聞きました」

 それらしい答えに百花先生はふうんと呟く。私の答えに納得しているようだった。
 こういう時に「真面目でつまらないキャラ」が役に立つ。疑いの目を逸らすことができて一安心だ。

「なんだ~。つまんないの。でもまあふたりは大人っぽいからそういうことはしないか。それじゃあ氷上さんの作品に期待しちゃおうかな」

 百花先生が片手をひらひらと振る。
 先生は気まぐれで私達の作品を読んだ。ただ、何万文字も書いている生徒に対して一言コメントは如何なものかと思う。そういう態度が文芸部を軽んじているようで気に入らないのだけれど……。
 だから期待してると言われても本心ではないんだとうなと思ってしまう。私は全面的に百花先生を信用していない。

「そうだ。加賀美さん、進路希望調査書提出できそう?」

 突然の受験生トークに私は外に追い出された気分になった。加賀美先輩は顔を俯かせて答える。

「は……はい」
「無理しすぎるのもよくないよ。学校に早く来たり残って勉強してるって聞いたから。じゃあね。そろそろ先生は仕事に戻るわ。テスト問題作らなきゃだし」

 そう言って意地悪そうに私達を見た。百花先生が立ち上がると再び甘ったるい香りが辺りに舞う。

「わざわざありがとうございました」

 加賀美先輩のお礼に便乗して私も頭を下げる。

「そうだ!ただ疑うんじゃなくて……あらゆる可能性を追求しなさい。探偵さん」

 どこかで聞いた台詞を百花先生が楽しそうに呟いた。だから……私は探偵なんて主人公みたいな役できないから。
 百花先生が顔の近くで手を振って立ち去ると、たちまち図書室は静かになった。

「校長先生と教頭先生の遺産相続争いと学校に隠された宝かあ……。なんか綺麗に話が繋がっちゃったね」
「ですね……。それにしても宝の内容を明かさないで子供達に託すなんて……。一体何なんですかね」

 百花先生から重要な情報を得たものの、宝の正体そのものの謎は深まるばかりだ。

「ワクワクしちゃうね」
「情報がうまく結びつかなくてモヤモヤします……」

 私は鞄から日本史のノートを取り出すと、メモを取り始めた。
 得た情報を上手く把握できない。ストーリー展開として考えていけば必ず一本の線の如く物事の因果関係が綺麗に繋がるはずなのだ。それが今、途切れ途切れになっているから頭の中が混乱する。

「校長先生のお父さんの遺産ということはさ……。宝はその前の代から引き継いでるものなのかもね」

 加賀美先輩の呟きに私はハッとした。
 百花先生が聞いたという校長と教頭の会話で『代々引き継いできた宝』と言ってなかったか。

「だとしたら宝のヒントはやっぱり本丸家の過去と学校の過去にありそうですね……」

 私は腕組をして椅子を前後に揺らす。
 宝探しを禁じている学校で校長や教頭、先生達から聞きだすのは不可能だろう。だとしたらどうやって過去を探って行けばいいのか……。外部に昔の学校について詳しい人がいればいいけど。
 そこで私はあることに気が付く。そうだ!昔の学校に詳しい人いるじゃないか!

「旧校舎が取り壊される話聞いたんだけど、紬希つむぎちゃんたち大丈夫なの?暗号解けなくなっちゃうんじゃない?」

 加賀美先輩が心配そうに聞いてくる。

「それは問題ないです。月末、旧校舎の片付けに参加しつつ謎を解くつもりでいますから」
「へえ……。旧校舎の片付け生徒も参加できるんだ。私のクラスでは聞かなかったな。やっぱり受験生だから避けられちゃったのか」

 寂しげな加賀美先輩の横顔がなぜか私の頭の中に印象深く残った。私も受験生になったら「受験生への配慮」という名の「仲間外れ」にされてしまうんだろうか。
 配慮も行き過ぎると相手を傷つけることになるのかもしれない。

「文芸部を廃部にしろって言ってきたクラスメイトも参加するんですけど……。そのチームよりも先に解いてみせますっ!」

 私は明るいと思われる声を出し、胸を張る。普段そんなことしないから掠れ声になってしまったけれどいつもより元気な声が出たはず。
 分かりにくい私の励ましに気が付いてくれたのか。加賀美先輩がふわりと温かな笑みを浮かべた。

「がんばってね。紬希ちゃん」

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