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書評

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#読書の秋2020

一木けい(2020)『全部ゆるせたらいいのに』新潮社



別に望んでなんかいないのに、子どもは両親を選べなくて、しかもその家族の中で人間として自らが形作られていく。暴力を受けた覚えしかない父親でも、どうして死んだら悲しいのだろう。何を後悔しているというのだろう。

不可解な感情を呼び起こすのも、「家族」というものの魔力だ。体の奥底に染み付いた呪いのような、でも祝福されるべき絆。強すぎるゆえに、凶器にでもなり、宝物にでもなる。受け入れられるわけないのに

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宇野重規(2018)『未来をはじめる:「人と一緒にいること」の政治学』東京大学出版会



「政治とは、人が誰かと共に生きていくことそのものである」そのことを中高生への講義の中から明確に描き出していく非常にわかりやすい導入書である。自分を失いたくはないし、他人とは一緒に生きていきたい。この矛盾してしまう命題をどう両立させていくか、今なお難題であり私たちが取り組むべき課題なのだ。

本書を手に取ったもう一つの理由としては例の学術会議会員に任命拒否をされた著者であったから。個人的には優秀

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櫻いいよ(2020)『それでも僕らは、屋上で誰かを想っていた』宝島社文庫



群像青春劇。まっすぐな想いはいつもすれ違い、誰かを傷つける。でもこの物語はむしろ、誰かを傷つけたくない思いが歪んで、惨事をもたらす。行動することと、あえてしないことは、どちらが正しいことなのだろうか。

ネット小説由来の文体はむしろ少なく、一般的な文芸作品となっている。簡単に名前をつけられない感情と、抱えきれないほどのそれを抱え込もうとする青年たち特有の真っ直ぐな態度を詰め込んだ切ない一冊。

御厨貴・渡邉昭夫(1997)『首相官邸の決断:内閣官房副長官 石原信雄の2600日』中央公論社



オーラルヒストリーの試みから生まれた貴重な一冊。普段からベールに包まれている政権中枢の役割や動きについて往時の時代背景も含め詳細に記述している。つまるところ最後は「人」であるという結論も説得力がある。

内閣官房は政府の最も中核にある組織であるにもかかわらず、だからこそ各省に比べてその仕組みや機能がはっきりと定まっていない。さらに最高権力者の隷下にあるだけに最も変化を求められ得る。国の組織とし

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津村記久子(2019)『二度寝とは、遠くにありて想うもの』講談社文庫



KODANSHA BUNKO CREATOR FAIRの期間限定表紙の果たしている役割も大きいことを、忘れないように初めに記しておきたい。画像が無くて申し訳ない。ありがとう橋下美好さん。また、本文に描かれている挿絵も絶妙である。

日常を、丁寧に心を込めてしつこいほど一本一本ほぐしていくような、そんな職人技を読んで堪能できる。私はこんなに記憶力よく細かいことを感じながら日々を生きてはいない。自

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早川誠(2014)『代表制という思想』風行社



国民が国会議員を選んで代わりに政治をしてもらう、そうした代表制は国の規模が大きくなってやむなく採用されている制度だという通説を疑うところから始まる。そして、代表制には、代表たちが意思と決定の間に立つ中間集団として判断をし議論をすることによる、結論と国民の双方の成熟をもたらすという積極的意義があると認める本著。

現代で半ば当たり前になってしまい皆が深く考えないような制度は多々存在するのであろう

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