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書評

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2021年6月の記事一覧

斎藤環(2016)『承認をめぐる病』ちくま文庫



社会を支配する「大きな物語」が消失した我が国で、承認を与えてくれる唯一の存在となった「個々の他人」に何とかして認めてもらおうとする現代人の心理構造を分析した本著。今も繰り返されている若者論をめぐる言説の、始祖のお一人とも言えるのではないだろうか。

本の構成としては、複数の寄稿を一冊に綴じたものであり、それについての説明や順序の工夫が不足しており若干ちくはぐな感じ。また、筆者も言及しているが、

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柏木伸介(2020)『スパイに死を 県警外事課クルス機関』宝島社文庫



スパイ小説。ただちょっと、主人公の推理能力が高すぎて興が冷める節あり。綿密な下調べを基にした各国諜報機関や銃器の描写はリアルであり、楽しめる作品である。

小説の中の話ではあるが、スパイ活動への対応自体は現実世界でも大きな課題となっている。産業スパイは当たり前のようになっているし、人命に危険が及ぶことだって無い訳でもないだろう。厳しい国際情勢の下、我が国の利益のためにも情報機関の強化は必要なこ

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田村重信(2020)『気配りが9割:永田町で45年みてきた「うまくいっている人の習慣」』飛鳥新社



永田町の政治家を題材に、短編集のように人付き合いの妙を一つ一つ取り上げた一冊。多くの人物が取り上げられていることもあって、一つ一つの項目に対する説明や掘り下げは深くないが、さっと読める本ではある。

述べられている教訓の一つ一つは至極真っ当なものであり、自民党や永田町を掲げているのもあってオーソドックスから逸脱するような中身はほとんどない。精神論であることが多いので、なかなか詳細に検証をすると

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町田そのこ(2020)『52ヘルツのクジラたち』中央公論新社



ただひたすらに愛を注がれるべき子どもの時期に、ある種の異常な状態におかれた人々の、"普通"ではない人生を描く物語。親と子、その間の愛着というものは人間の成長に計り知れない影響を及ぼす。愛着障害という語を引くまでもなく実感として余りにもあり溢れている。

人を一人育てると言うことは確かに全く簡単なことではない。その重圧に親のほうが押し潰されてしまうことは果たしてどうすれば避けられるのだろうか。社

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岡崎かつひろ(2017)『自分を安売りするのは”いますぐ”やめなさい。』きずな出版



自分の給料が思ったより低いなと感じたりしている時にふと買ってしまう本。本を読んだ「効果」が帯に書いて宣伝してある類の自己啓発本である。しかし自己啓発本だからというだけでバカにするのは良くなくて、たいてい間違ったことは書いていないものである。

本書は、中でも割と多動を推奨する。「成功」が掲げられている。すぐさっと読める内容で、やる気がちょっとと、推奨されたようにポケットに入れる財布の中身をすっ

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小川糸文・平澤まりこ画(2019)『ミ・ト・ン』幻冬舎文庫



北欧の小国に暮らす一人の女性の生涯を描いた物語。自然と身近な暮らしを送っていた時代の慎ましやかな日常と、戦争の陰にある民衆の苦難と気概をさりげなく伝える。

ラトビア共和国の現地取材を元にした、文化紹介も織り交ぜたような、エッセイに近い人生譚小説。劇的な感情の起伏はないものの、人の一生というものに少し思いを馳せることになったりはする。