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食べれなかったケーキ

紅茶の匂いがぷっぅんと香ってきた。
この香りはアールグレイだ。
私は思わずメニューを見ていた目を閉じた。
先ほどまで広がっていたファミレスは、一瞬にして陽の光が差し込む喫茶店に変わった。
昔よく行っていた公園に併設されていた喫茶店。
緑が生い茂る木々の中に建っていた。

公園でもう歩けないくらい遊んだ後、この喫茶店に行き紅茶とケーキを食べるのが常だった。
小学生にして紅茶とケーキなんて身に余る贅沢だったが、当時の私にとってそれは大人になったと錯覚させてくれるもの。

ショーケースに綺麗に入れられたケーキは、どれも宝石みたいにキラキラしていた。

そこでアールグレイの紅茶と一緒に食べたケーキ。
思い出すのは「食べれなかった」方のケーキ。

正直、当時どのケーキを選んでいたか思い出せない。種類は5つくらいしかなかったけれど、なぜかいちごのタルトだけは食べたことがなかった。他のケーキよりも大きくて、私にはまだ早いと大人たちが思ったらしい。
思い出の中にあるケーキは、時間と共に輝きをましていった。

「みっちゃん、何食べる?」

れみの声で目の前の景色がケーキの入ったショーケースから、ランチメニューに変わる。

「わーどうしよう」

「こんなにあると迷っちゃうよね」

こんなにメニューがあるのに、今食べたいものはこの中にない。思い出の中にある。食べたこともないあのケーキ。食べれなかったあのケーキ。

「オムライスか焼きそばで迷うー」

「全然違う食べ物じゃんっ」

「でもやっぱり焼きそばにしようっ」

「え、早いー」

「いいよいいよ。たくさん迷って」

私は優柔不断を全面に出しながら、結局れみと同じ焼きそばにした。
選んだ焼きそばは写真通りの美味しさを提供してくれたが、やっぱりトロッとした卵が乗っているオムライスも気になる。

「やっぱりオムライス食べたかったなーって、後悔したことない?」

私は焼きそばをすすりながられみに聞いた。

「ないよー。焼きそば食べれて幸せ」

れみは満面の笑みで焼きそばを夢中で頬張る。

「あんなけ迷ったんだよ。それで納得してこの焼きそばを食べてる。きっと、何回今日に戻って同じ選択に迫られても、やっぱり焼きそば選ぶと思うんだよねー」

私は焼きそばを食べていた手を止めてれみを見つめた。
れみも私の方を真っ直ぐ見て言う。

「それに今、幸せだし。この選択は間違ってなかったと思う」

あの日、食べれなかったケーキは今も私の中で輝いている。
それでも今、私は大好きな友達と美味しいご飯を食べて幸せだ。
今、幸せを感じられているのなら、
あの日あの時した選択は、間違っていなかったのだ。


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