そのページをめくると、夏休みの甘いお菓子の匂いがしていた。

おじいちゃんさ、聞いてる?

そっちはどう? そっちに行ってからずいぶんになるよね。

こっち?

こっちは、ちょっとややこしくなってる。

世界レベルでややこしくなってるって感じだよ。

腕を伸ばして本棚の奥にしまってある本の背表紙に触れる。
すこしだけやわらかい感触。

文体が変わったでしょ。

おじいちゃん、これは昔の日記を今、ぱちぱちとタイピングしています。

横書きの手紙でごめんね。

今は、ここnoteっていう場所でおじいちゃんに聞いて欲しいこと書き写すね。おかしな日本語も許してね!

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いっつも荷物があふれかえっている本棚の前に身体を寄せられないので、
背表紙の名を眼で判断するんじゃなくて、指の感覚に頼るしかない。

指の指紋の刻まれたあたりがまるで眼になったように、これだとおもうよ、
たぶんこれと指が教えてくれる。
いろんなずっと昔の時間に馴染んできた文庫本を、指で手繰り引き寄せる。

やっぱりみつけたかった本。
あの日、掌に載っていた一冊の本。
<定価八十圓、昭和二十六年一月十日發行。いしかはたくぼく>
 
灼けた色のぺージ。

ひらがなのところどころの活字がずれていたり、

句読点や句点が、にじんでいて、手のぬくもりのようなものが、すぐそばまで伝わってくるみたいで、これをみると落ち着く。

ふと栞のはさんであるページを見ていた。

『悲しき玩具』の96ページ97ページ。

なんでここのページがここに? って思う。

読みかけのところに挟んだだけなのか、それとも好きな歌が住んでいる
ページだったのか。

おじいちゃんのこころのなかを、黙ったままわたしは知りたくなった。
唯一やさしい肉親は、祖父だけだったから。

ブローチの針が服のすぐ下の肌を刺したみたいに、ちくちくとするような歌
が並ぶ。

新しき明日の来るを信ずといふ自分の言葉に嘘はなけれど

喉が渇きまだ起きてゐる果物屋を探しに行きぬ秋の夜更けに

呼吸(いき)すれば胸の中(うち)にて鳴る音あり凩(こがらし)よりもさびしきその音!


そのどれかの歌に立ち止まってしまったおじいちゃんを思って、わたしはぢんぢんした。

その時、数えていたわけじゃないけれど。

かすれてる右隅と左隅のページをなにげなく、みるとはなしに見ていた時、いきなり64ページの次は81ページになっていて、なんで?
って思ってもういちどページをめくり続けていたら、

「一握の砂」48ページの次が、65ページになっていた。

なくしたんだと思っていたページを、思いがけずみつけた。

なくしていたものは、なくなってしまったのではないんだと、心のなかで、ほらぁあるやんって笑う。

おじいちゃんは、それをむかしむかし四条河原町の<丸善>で手に入れたって言っていた。梶井基次郎の檸檬のなかに出てくるところだ。
ほんとかな? からかわれたのかな?
冗談好きだったからよくわからないけれど、ま、そういうことにしておく。


おじいちゃんの本は乱丁していた。

おじいちゃんの大切にしていたらしい歌集が、らんちょうだったことを知って。

なんだか、とてもいまいじょうに、

愛おしいものに思えたの。

何に対して愛おしいのかわからないけれど。

いしかはたくぼくの歌集一冊に対してでもあるような。

乱丁を知ってか知らずか愛読していたらしいおじいちゃんに対してでもあるような。

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おじいちゃん、これが昔の日記。

それでね、ヒドイ話なんだけど。

おじいちゃんのあの歌集、どこかに行ってしまったの。

ものって大事にしすぎると、なくしてしまうって誰かが言ってた。

今日も探したんだけど、みつからない。

でも。

あの日、失くしたと思っていたページがちがう場所にあって、それを見つけた時の気持ちは今も覚えてる。

おまけにいうと。

ページをめくると、なんかおじいちゃんの鹿児島の家に夏休み帰っていた時のおやつの匂いがした。

ちんすこうの匂い。甘い匂い。

あれって舌の上ですぐに溶けたよね。すごく好きなのに、味わうまえにいなくなるって感じだった。綿菓子みたいだった。

あれから、おじいちゃんすぐに死んじゃったから、わたしのおおきな味方がひとりいなくなって、すごく困ったし、からっぽになった。

そういえば、昨日おじいちゃんの誕生日だったよね。

夜になって思い出した。

あの日失くしたページがみつかるみたいに、おじいちゃんもわたしと一緒に今もいてくれるから、大丈夫なんだけど。

あれからさ、いろいろあったの。ほんとうにめちゃくちゃだったけど

って、ぜんぶ話したかった。

おじいちゃんと会えなくなってからのあれこれを。

そして一度ぐらいは一緒にお酒飲みたかったな。

お誕生日おめでとうって。

それと、おじいちゃんが、わたしのおじいちゃんでいてくれて、
ありがとうって、乾杯したかったな。

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