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なんでもない。

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記したつもりが消えていくもの。
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#恋愛

鼠返し。

鼠返し。

 もし、要らないものを頂いたら、その人へ返せばいい。そして、入り込ませないようにすればいいのよ。

 「人間は日々成長しなくちゃならないんだから」というのが口癖だった男がいた。所謂、"ハングリー精神"ってやつが輝く宝石のように見えていた頃。癖が強いのが魅力的に感じるかは、紙一重よね。

 同棲していた部屋の留守電に、警察から連絡があり、男がバイクで事故を起こしたらしい。幸いに命には別状無く、左足の

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Stay With Me。

 あの夏、駒沢公園で走るようになって二週間が過ぎた頃、
蝉の鳴き声に重なるように、風にそよぐ樹々の輝きと、まばらに行き交う人々を眺めながら、いつも通りにあの階段の途中に座り、またいつも通りに定位置に登りつつある太陽の光の元、汗を拭いながら心地よい空気に身を包んでいた。

 都心にこんな自然があるなんて、田舎じゃ当たり前なものが、こちらでは珍しい場所となる。人間は自然なものに触れていないと、バランス

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始まりは、赤。

始まりは、赤。

 「どうしたい…?」彼が、ポツリと言った。
暗闇の空間が色づく。欲望の色は、"赤"だ。

 お互いに友人と訪れていた"wanna dance?"という六本木にあるクラブで、声を掛けて来たのが彼だった。ソムリエというだけで、何故、こんなにも格好良く小慣れているのだろう?大人への憧れが、そのままが実在する人物として、目の前に現れたのだから夢のようだ。夢で終わらせたくない。

 「これから、どうしたい…

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渡り鳥。

渡り鳥。

「もう、欲しいものなんか無いんだ。本当に欲しいのは…」
彼は確かにそう言った。
新宿の伊勢丹のメンズブランド店内。

背中を押しやり、フッと笑って、店員に合図をして、その場を離れた。

戻って、会計を済ませて、少し後ろを歩く紙袋を抱えた彼は、「何で?」をふて腐れ気味に繰り返す。

『キミは可愛いから、弟みたいに可愛い子に、着せ替え人形みたいな扱いをしても、それ普通でしょう?』

勢いよく走り寄って

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プレゼンテーション。

プレゼンテーション。

「ごめん…横浜から寝過ごして、降りる駅を乗り過ごした」とメールが届いて、
素直に、もう少し待ち合わせ気分を楽しめると思った。
待たされたって構わない。
『慌てずにゆっくりどうぞ』と返信し、携帯を手に握ったまま、(このまま時が止まってしまえばいい)
と本気で願った。

始まりは、波打つ。どうして鼓動を敏感に感じて、
切ない思いが生まれて、全身で高揚するのだろう。

抑えようとしても、跳ね返され、勢い

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