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時事評論

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記事一覧

『最貧困シングルマザー』鈴木大介著、朝日新聞出版、2015


プロローグ2009年ほどメディア上でシングルマザーの経済的窮状が報じられたことはなかったように思う。4月に自公政権下で廃止された生活保護の「母子加算」。これを復活させるかの論議に加え、緊急経済支援であった「子育て応援特別手当」の執行停止も論議を呼んだ(母子加算は09年12月に復活)。だがそんなニュースを、僕は寒々とした思いで聞いていた。

僕の前著は、親元や児童養護施設などを長期間にわたって飛び

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『ハイブリッド戦争の時代:狙われる民主主義』志田淳二郎著、並木書房、2021

「ハイブリッド戦争」の概念だが、やはり本質的な問題はハイブリッド(マルチドメイン)である場合が非常に多いだろうがそれは必要条件ではなく、そして戦争ではないということだろう。つまり、名前が悪すぎる。狭義の「ハイブリッド戦争」は平時でも有事でもない「グレーゾーン」なので、単純にグレーゾーンと呼ぶ、広義の「ハイブリッド戦争」は「広義のグレーゾーン」と呼べば済んだような気がする。「ハイブリッド」という言葉

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『武器輸出と日本企業』望月衣塑子著、角川新書 K-93、2016

はじめに日本で初めての武器展示会

武器輸出、47ぶりの大転換

一般にいわれている「武器輸出三原則」は1967年、佐藤栄作首相が国会答弁で表明したものだ。具体的には次の3項である。

共産圏諸国への武器輸出は認められない

国連決議により武器等の輸出が禁止されている国への武器輸出は認められない

国際紛争の当事国または、その恐れのある国への武器輸出は認められない

さらに76年2月、三木武夫首相

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『「帝国」ロシアの地政学:「勢力圏」で読むユーラシア戦略』小泉悠著、東京堂出版、2019

はじめに――交錯するロシアの東西近くて遠い島

クリミアから来た酒

ビザなし交流に船が用いられる理由は、当初、純粋に技術的なものだった。つまり、北方領土には軍用飛行場(択捉島のブレヴェストニク飛行場。旧日本海軍の天寧飛行場をソ連軍が接収したもの)を除いて空港が存在しなかったため、船で行くほかなかったのである。当時は日本政府が客船「ロサ・ルゴサ」をチャーターした交流用に使用していたが、これは「えと

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『戦後"経済外交"の軌跡 : なぜ、アジア太平洋は一つになれないのか』井上寿一著、NHK出版、2012

第1章 [アジアと太平洋のはざまで]1997 アジア通貨危機の勃発によりAPECが目指す自由貿易圏構想は瓦解した。なぜ、アジアと太平洋の連隊が図られたのか

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『日本とドイツ 二つの戦後思想』仲正昌樹著、光文社新書 213、2005

下の文章で書いたような目的で読んだので、関係があるのは第1章『2つの「戦争責任」』と第2章『「国のかたち」をめぐって』だけで、第3章『マルクス主義という「思想と実践」』、第4章『「ポストモダン」状況』は、それ自体は面白かったが、今回の企画とはほとんど関係がない。

読んでいて気がついたのだが、基本的に対象は「知識人」なので、これが国の政治行動に大きな影響を与える一般国民と近いのかどうなのか分からな

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戦後のドイツ・日本の戦争責任や外交を勉強する理由

最近ロシア関係の本ばかりなので、なぜ急に日独の戦後思想、具体的には敗戦をどう捉えたかというテーマは変に思われるかもしれない。

しかし、今回のウクライナ戦争でロシアが「敗北」し、プーチン一味が失脚して、「まとも」な政権が誕生し、ウクライナ政府が求める賠償などの議論になってくると、ブチャなどでの虐殺という問題にロシア人は直面しなければならなくなるかもしれない。これは、特にユダヤ人を虐殺したナチス・ド

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『現代ロシアの軍事戦略』小泉悠著、ちくま新書 1572、2021。

はじめに―不確実性の時代におけるロシアの軍事戦略「ポスト冷戦」時代の終わり――揺らぐ国際秩序



いずれにしても、米国が国際秩序の揺るぎない中心であるように見えた「ポスト冷戦」時代からほんのわずかに間に、世界のありようは大きく変わり、混沌とした「ポスト・ポスト冷戦時代」へと突入しつつあることだけは明らかであろう。

軍事力の「効用」



ここでは、その出発点として、ルパート・スミスの著書『

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『ロシアCIS経済の真実』ヤブリンスキー編著、東洋経済、1992

訳者あとがき本書の編著者ヤブリンスキー氏は、ソ連急進改革派の少壮経済学者として早くから西側のマスコミで注目されていたが、それでもやはり、氏がもっとも華やかなマスコミの脚光を浴びたのは、1991年10月、主要7ヵ国蔵相・中央銀行総裁会議(G7)の際だっただろう。

タイのバンコクで開催されたこの会議とソ連との協議の場である「G7プラス1」に出席するソ連代表団の団長として乗り込んできたのが、弱冠39歳

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『ロシア市場経済の迷走 : 改革と混乱の五〇〇日』陸口潤編、講談社現代新書1160、1993

プロローグ――経済改革への流れロシア政府はソ連邦が崩壊した直後の1992年1月2日から価格自由化などを導入、市場経済化に向けての経済改革をスタートさせた。



経済改革の中心になったのがエリツィン大統領の下で第一副首相兼蔵相だったガイダル氏ら若手の改革チームである。経済改革はIMF、世界銀行など西側経済専門家の指導も受け、まずロシア経済のマクロ的なシステムを根本的に変更することを狙った。第1弾

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『ガスプロム : ロシア資源外交の背景』酒井明司著、東洋書店、2007

はじめに1. ガスプロムの歴史前史

気体であるため扱いが難しいガスは19世紀後半から一部で使用され始めていたとはいえ、世界のエネルギー資源の主役を石油とともに担うようになったのは過去30~40年間のことで、熱量換算で1940年に原油のおよそ1割程度でしかなかった世界のガス生産量は、2006年でその6割を超えている。米国を初めとする世界市場では1970年前後から大型ガスタービンでの発電での利用やL

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『メドベージェフ : ロシア第三代大統領の実像』大野正美著、ユーラシア・ブックレット No.125、東洋書店、2008

プロローグ 新権力者誕生の夜2008年3月2日午後11時。モスクワ中心部にあるロシア権力の砦、クレムリンの公用門であるスパスキエ門から2人の男が出てきた。



プーチン氏は黒のダウン・ジャケット、メドベージェフ氏は焦げ茶の革ジャンパーをはおり、ともにジーパンをはいたラフな姿だ。

この夜、クレムリンの壁に接する赤の広場近くのワシリエフスキー坂では、プーチン政権を支持する若者の団体が主催する人気

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『メドベージェフvsプーチン : ロシアの近代化は可能か』木村汎著、藤原書店、2012

本書の構成メドベージェフは、2008年5月7日、ロシア大統領に就任した。新生ロシアにおいて、エリツィン、プーチンに次ぐ第3代目だった。メドベージェフは、それから1期4年の任期を務めた後、12年5月7日同ポストから辞職した。ソビエト期、新生ロシアの約95年間の歴史において、病死したアンドロポフとチェルネンコ共産党書記長を除くと、最も短命な最高指導者になった。

ドミートリー・メドベージェフとは、一体

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『プーチン主義とは何か』木村汎著、角川oneテーマ21、2000

1 プーチンの謎謎のなかの謎のなかの謎

「ソ連の行動は、謎(enigma)のなかの謎(meystery)に包まれた謎(riddle)である」ウィンストン・チャーチルが、ノーベル文学賞の受賞作『第二次世界大戦』のなかに記した、有名な文章である。約50年も前に、ソ連について述べた英国宰相のこの言葉など、今日のロシア大統領を描写するのにふさわしい表現はないように思われる。

プーチン大統領は、「けっし

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