『プーチン主義とは何か』木村汎著、角川oneテーマ21、2000

1 プーチンの謎

謎のなかの謎のなかの謎

「ソ連の行動は、謎(enigma)のなかの謎(meystery)に包まれた謎(riddle)である」ウィンストン・チャーチルが、ノーベル文学賞の受賞作『第二次世界大戦』のなかに記した、有名な文章である。約50年も前に、ソ連について述べた英国宰相のこの言葉など、今日のロシア大統領を描写するのにふさわしい表現はないように思われる。

プーチン大統領は、「けっして他人に素顔を見せない政治家」「顔のない人間」「ブラック・ボックス」「得体のしれない謎の人物」といわれる。いったいそのような特徴は、どこから来ているのだろうか?

まず、本人の性格や信念に由来している。プーチン布陣のリュドミーラは、「プーチンは寡黙で、無口ですらあるタイプ」と、語っている。同夫人によれば、「ヴォロージャ(プーチンの愛称)は、自分自身についての情報を直ちにあたえるような人間ではない」。事実、モスクワで腕を折った時なども、詳しいことを一切話さなかった。プーチンは、「内省的」ないし「内向型」の人間である(ビクトル・タラノフ)。彼は饒舌を嫌う「実行の徒」である(ロイ・メドベージェフ)。格言「雄弁は銀、沈黙は金」を、固く信じているようである。

プーチン自身は、2000年2月の大統領選挙期間中におこなった、ある公開電話のなかで、次のように宣言した。「言葉(主義・主張)で闘っても、意味はない。われわれが守る民主主義、市場経済が、現実に果実をもたらすように行動することが重要である」大統領代行は、続けた。「人間の評価は、その人が何を語るかではなく、何を行うかで決まる」。

同代行は、大統領選挙中、他の対立候補たちとのテレビによるディベートを拒否した。己れの派手なパフォーマンスが、国営ないしセミ国営テレビを通じてロシアの有権者の眼にアピールすることの方が、はるかに重要とみなしたからだろう。たとえば、さっそうと柔道着で稽古場にあらわれたプーチン氏は、自身よりも体格のすぐれた対戦相手を投げ飛ばす場面をロシア中に放送させた(同様のパフォーマンスを、2000年7月の沖縄G8サミットへの出席、9月の正式訪日のさいにも、繰りかえした)。また3月中旬、スホイ戦闘機に搭乗、チェチェン共和国の首都グローズヌイを電撃訪問したのも、同様のデモンストレーション効果を狙った行動だった。

次に、プーチンの職歴も、このような科目を重んじる性格を一層助長したにちがいない。…

スパイを生業とする者は、「すべからく匿名を重んじ、慎重かつ隠密の行動を美徳とする」(ロイ・メドベージェフ)。改めていうまでもなく、相手側にしゃべらせ、情報をうることこそが、秘密警察の主要任務である(プーチン氏自身、東独での任務が「政治家や潜在的な敵の計画についての情報を獲得することだった」と語っている)。自分の方からペラペラとしゃべって相手側に情報を与えるようでは、この職業はつとまらない。

ちなみに、ミハイル・フロロフは、次のように語っている。フロロフは、プーチンがサンクトペテルブルクのKGB支部から訓練のために1年間派遣された、モスクワのアンドロポフ赤旗研究所(現在、対外諜報アカデミー)の教官の1人である。「研究所では、訓練中の生徒が諜報の任務に適しているかを観察する。他人に近づき接触する能力、己れが必要とする人間を選ぶ能力、わが国家と指導者に関心ある質問を提起する能力――要するに、心理学者の能力をもっているか、をテストするのだ」。

リュドミーラ夫人も、語る。「汝の妻と物事を共有してはならない…

第3に、プーチンは、意識して自己の本心を明かさない作戦を採用している気配がある。リュドミーラは、述べる。「実際には、彼(=プーチン)は非常に情緒的な人なのです。しかし、彼は、必要とあらば、自分の感情を隠すことができます」。

プーチンは、大統領選挙(2000年3月26日)に立候補しているにもかかわらず、自己の政治綱領を発表しなかった。…理由は、簡単である。もしプーチンが政治綱領を公表すれば、必ずそのどこかの部分にケチをつけられるか、ロシア社会のいずれかの層の不満や反感を買い、攻撃や批判にさらされるだろう。同氏を大統領に当選させる目的で、1999年12月に大慌てで結成された選挙組織「統一」も、同様に政党綱領作成の労をあえてとらなかった。…

さらに、既述のごとくプーチンは、他の対立候補たちとの公開テレビ討論を拒否した。なぜか? プーチンは、最有力候補であるので公開討論のディベートで勝って当たり前。もし万一負ければ、傷を負う。わざわざ自らに傷をつけるようなことをするのは、愚行である。

逆に己れの主義主張や立場を明らかにしなければ、次のようなメリットが期待できる。社会の各層は、それぞれ思い思いに自己の願望を勝手に盛り込んだプーチン像を描く。たとえば、高齢かつ病弱なエリツィン前大統領は、諸悪の根源。したがって、エリツィンのアンチテーゼである、若く元気なプーチンさえ大統領に就任するならば、万事は一挙好転する――このような万人の希望的観測を吸いこみ、期待で膨れ上がったプーチン像が形成される。もしプーチンが言葉数多く自己の公約について語るならば、このように期待されるプーチン像の形成が、一挙に損なわれかねない。プーチン候補は、当然、選挙戦中そのような「イメージから、はずれないように努力した」。ブラック・ボックスとなることがもたらすメリットを、プーチンは計算し、意図的に狙っていたにちがいない。当時、次のように述べたロシアの一部評論家たちの言葉は、大きく間違っていない。プーチンとは、「PRキャンペーン専門家たちによって考えだされ政治的伝説」だった。

なぜ、プーチン論が必要なのか?

たしかに、ロシア連邦は、旧ソ連に比べると、脆弱な存在となった国ではある。しかし衰えたりといえども、ロシアが現在の世界において占める地位、それが国際政治において果たす役割――これは、けっして無視してよい類のものではない。とりわけ日本にとり、ロシアは特別の意味をもつ重要国家なのである。2,3の理由をあげて、そのことを説明しよう。

第1。ロシアは、米国に次ぐ地上最大の核超大国である。…

第2。地球が存在するかぎり、日本とロシアは未来永劫に地理的に隣り合う2国である。…

第3。しかも、戦後日本は、ロシアとの間に平和条約を結んでいない。…

第4。長期的な視点にたつばあい、ロシアは、日本にとり数々のプラスの価値をもつ隣国である。たとえば世界一の資源国ロシアは、資源小国日本にとり、絶好の貿易パートナーとなりうる潜在的可能性を秘めている国家である。



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