小さな「平和」は「愛に変換する勇気」から.平成最後のnote.
平成が終わりを迎えます。
平成は、近代になって初めて、日本が戦争に加わることのなかった時代です。
平成から令和へと、時代が移り変わる今
再度「平和」について考え直さなければならないと思っています。
(「平成」と「令和」も合わせると「平和」になりますね)
あなたは、この言葉を聞いたことがありますか?
「憎しみは憎しみによってではなく愛によってのみ消える」
これは、1951年のサンフランシスコ講和会議において
当時のセイロン(現スリランカ)の大統領である
J.R.ジャヤワルダナが語った言葉です。
これは、ブッダのメッセージ、
「人はただ愛によってのみ憎しみを越えられる
人は憎しみによっては憎しみを越えられない
実にこの世においては怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの恩むことがない。
怨みをすててこそ恩む、これは永遠の真理である。」
に基づいています。
この言葉は、サンフランシスコ講和会議で
ソ連などが強硬に「日本を分割し各国で占領する」ということを叫んでいた時に
ジャヤワルダナ大統領が唱えた一言です。
この言葉により、
日本に今のような自由・国際復帰が叶ったと言います。
**しかし、あなたは、
日頃の憎しみを憎しみで返してはいませんか?**
✔︎この会社に落とされたから、この会社は嫌ってやろうと思ったり
✔︎この男の人にひどい扱いをされたから、彼に悪いことが起こるといいなと願ったり
✔︎上司の対応が雑だから、もう彼に頼るのはやめようと思ったり
✔︎あの子の態度が冷たいから、無視しようと思ったり
汚い感情が生まれることは誰にでもあると思います。
私も、「このやろー」と思ったり
「どうにでもなれ」と思ったり
「うざいなー」と思ったり
そんなことはもちろんたくさんあります。
自分の抱いた憎しみは、憎しみで返すことが一番楽だから。
でも、それを国際レベルでやってみたら、どうなるでしょうか?
先ほどのサンフランシスコ講和会議の例でいくと
日本への恨みによってソ連が日本を分割占領していたら
同じ日本人同士で、日本国内で分割が生まれ、争いが起きていたかもしれないし
今の日本にみられる発展はなかったと思います。
旅行に気安くもいけないし、私が就活で出会った北海道から沖縄までの仲間たちとも、出会えなかったと思います。
ソ連側の視点にたってみても、
その後発展した日本の技術力を生かした車などを使えず
今より不便になっていたかもしれません。
**たった1つの「憎しみ」の選択が
自分自身だけでなく、周りの人の、
そのまた周りの人の
その後の生活の充実度を下げるのです。**
これは国際レベルの話でしょ?
私たち日常には関係ないでしょ?
って思うかもしれないけれど
私は、国際レベル以上に、日頃のあなたの選択の方が、よっぽど幸福感を左右すると思います。
だって、例えば今
1951年に日本の危機を救ってくれたスリランカが
テロで苦しんでいることよりも
今あなたの目の前起こっている
「友達との話し合い」や「届いたLINEの文章」の方が
よっぽどあなたの気分を上げたり下げたりしているでしょう?
だから、
**あなたの、今する小さなその選択が
「憎しみ」に基づいていないか?
ちゃんと「愛」に変換できているか?**
もう一度、見直し続けることが
あなたと、その周りの人の心の「平和」を作るために
何よりも大切なことだと思います。
私も、自分の周りで何が起きても
何をされたとしても
ちゃんと「愛」に変換して、今日も幸せに生きたいです。
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