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掌編小説

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掌編小説です
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#恋愛

かすれた声【掌編】

かすれた声【掌編】

「ごめんね」
 許す許さないの前に、そのハスキーボイスが気になるよ。
「風邪ひいたの?」
「いや、昨日クーラーつけっぱなしで寝たから」
 つけっぱなしのクーラーの生み出した声が、思いがけなく私の琴線に触れてしまう。抱いていた怒りは、彼の寝ぐせをつい指でもて遊んでしまうほどの愛おしさに変わってしまった。
 これじゃあ、また同じ繰り返しだ。我に返って寝ぐせから指を離す。一歩下がる。
「許さない」
「ご

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リスケのちラムネ【掌編】

リスケのちラムネ【掌編】

 ラムネを買ったのは何年ぶりだろう。透き通った青色のラムネ瓶。夕焼けの空にかざせば、何か特別なものが見えるような気がする。そんな期待を抱きながら、私は河川敷のベンチに腰掛け、夕焼けを待っている。
 今月のスケジュールを埋めてやろう。あの人が入り込む隙間がないくらいに埋めてやろう。そう思い立った私は、スケジュールのアプリに予定を入力した。
「ラムネを買って夕焼けを見る」
 これが今日のスケジュール。

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【掌編】花火の音

【掌編】花火の音

 持っていくべき荷物は数少ない。カーテンもソファも彼と一緒に選んだモノだし。嫌がらせのようにこの部屋から持ち去ってもいいけど、こびりついた彼との思い出は、強力な漂白剤を使ったって、色褪せそうにない。
 今日、この部屋を訪れたのは、花火大会があるから。彼と初めてデートしたのが、ちょうど三年前の花火大会だった。今年は、あの子と一緒に花火を見ている彼。二年同棲したこの部屋とお別れをしに来ている私。
 お

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定位置【掌編】

定位置【掌編】

「おめでとう」
 僕は当たり前のように君の頭を撫でる。妹にするように。
「ありがとう」
 君は、僕を兄のように見上げて微笑んだ。
 先月会った時よりきれいだ。君は僕の親友と出会ってから、どんどんきれいになっていった。君がきれいだってことは、僕だけが知っていたはずなのに、今や、すれ違う男の多くが振り返るほどだ。
 あの時、親友に君を紹介しなければと、何度も悔やんだ。でも、僕の前で泣いてばかりだった君

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雪の結晶かもしれない【掌編】

雪の結晶かもしれない【掌編】

 年齢も同じ、血液型も同じ、好きな音楽も好きな食べ物も出身地も同じ。
 僕と長谷川さんの夫は共通点が多い。一番の共通点は長谷川さんの事が好きってことだ。
 長谷川さんの夫に会ったことは一度もない。けれど、長谷川さんの口から彼の話をきくたびに、僕と共通点が多いことを知らされた。
 僕と彼の違いってなんだ。
 長谷川さんに出会った時間が、早かったか遅かったか、その違いだけだと言うのなら。僕が長谷川さん

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ガトーショコラを焼きましょう

ガトーショコラを焼きましょう

 私が作るガトーショコラの材料は、チョコレートと卵だけ。小麦粉は使いません。とってもシンプルですし、簡単なんですよ。
 夫も、とても気に入ってくれていました。彼は甘いものは普段あまり口にしないのですが、私の作ったガトーショコラだけは食べてくれたんです。夫婦ふたりきりでしたので、食べきれない分は冷凍保存しておいたのですが、気づいたらなくなっている事がよくありました。
 夫が、こっそり食べていたんです

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