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由緒正しき、喫茶店に寄せて
その喫茶店は、たしか神保町の商店街を一本入ったところにあった。
たしか、というのは、通っていたのがもう何年も前のことで、店名はおろか、店の位置が合っているかどうかさえ疑わしいからだ。
急な階段を下って地下へ。重い扉をひらくと、何年も染みついた古い煙草の臭いが飛び込んでくる。
なんとなく、いつも麻雀ゲーム機のテーブルに座る。
ゲームとして稼働していたことがあったのだろうか、なんてぼんやり考えながら
きっともう、夏は近い。
背に受ける陽射しに背中がぽかぽかと温まりはじめるころ、わたしは決まって日傘をひっぱり出すことにしている。
褪せた桃色の布に、小さなレースがあしらわれた安物の日傘。
特に気に入っているわけでもないが、何年か前にふらりと入った雑貨店で手に取ってから、幾度かの夏を共に過ごしている。
雨傘よりも軽い〝バッ〟という小気味よい音を立てて、日傘をひらく。それから手元を両手で握って、ゆるゆると歩む。なぜだかここ