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2021/4/6 「キナリノカナリア」

あのキンキンごえは、毒。毒を毎日浴びています。今日も昨日も一昨日も。明日だって明後日だって、私がここにいる限り毎日聞くことになるのです。そんな毒を大体毎日浴びていたら、身も心も弱くなる。ちょうど、骨の髄が見えなくなっていくところです。

二階にいても聞こえてくる、下からの声。聞きたくなくても聞こえてくる、あの声。たった今、ドアを閉めて必死に逃げたけれど、今度は外側から家の壁を這い上がってきて、出窓から入り込んでくるのです。

だから、どこに行っても逃げられない。

聞いている方も、発している方も。多分どっちも毒まみれ。このままいけば、身体の内側にも毒がまわって今に死んでしまうかもしれません。だからあの人は逃げた。よく逃げ切れたなって、流石、頭のいい人です。私は絶対同じになりたくないけれど。私だってこんな所に、取り残されたくはないのです。

ほぉうら、左脚が硬くなってきた。いずれすべてが固まって死んでいくのだと思います。

なんてね。そんなことはあるわけないです。
残念、つまらないなぁって。

でも、ちょっとだけ、ほんとうです。

私の内側を蝕んでいた毒は、いずれ私の体を殺すけど。殺した後に黄色い塊になって、そのあとに、体温と一緒に外へ出ていく。だけど、そのとき、黄色い鳥になるんです。なんていうんだろ。私の内側に存在した体温は、私の生命を動かしていたんだけど、それが外に出ると、もう動かす必要がないからね。だから黄色い塊に入り込んで、今度はそれに生命を宿すの。って、

何を言っているんだろう。私にもわからない。でも、そう思ったら、いいよねって。思いたいなぁって。思えたら。って。そうすることにしたんです。

だって、あのキンキンごえがね、少しだけ黄色い声援みたいに聞こえたの。聞こえたんじゃない。あの声を聴いたとき少しだけ黄色い声援が浮かんできたの。大好きなあの人を推すときみたいに。だからそれを毒だなんて思いたくなかった。ちょっとでも美しくしたかった。私がこの文の上でだけ生命を渡したんです。ここでなら本当になるんじゃないかって思ったから。

だからきっとこの文章は苦しい。だって本物じゃない。無理やりにつくったものだから、本当の美しさじゃないと思います。人によってはもしかしたら、汚い、醜いって思うかもしれないです。私も全然好きじゃない。それこそ生命が宿っていなくて、空っぽな感じ。髄がなくてスッカスカ。私にはそう見えます。

最近の私には余白がないんです。今日も思いました。人のことを分かるにはある程度の余白がなければいけない、そうじゃないとできないことなんだってわかっていたはずなのに、今はもう無理なんです。余白がいつのまにか、なくなっていて、枠を飛び出して溢れている。

文章を書けるようになってきたと気づいたときからだと思う。なんだか文章の中の方が本当でいられるんです。文章の中で生きたいと思えたほどです。だから今まで、たぶん内側だけにあった毒が、徐々に外へ浸透し始めて。それにも気が付いたから、だから外へ出ることが嫌になっているんだと思います。

余白がないと駄目だと言われます。バイトにも支障が出る。あらゆる場所でいっぱいいっぱいになってしまう。焦ってまた、良くないことを起こしてしまうんです。

ある人が「80パーセントでいいんだよ」って言いました。そうだと思います。でも、できない。やらないじゃなくて、できない。ここを見つけてしまったからもう無理な気がしているんです。どうしようってなりました。

そうしたらね、毒で枯らせてしまえばいいって思い付いた。内側さえ守れれば、枠からはみ出した部分にだけ毒を染み込ませればいいのです。今はそれでいいと思う。余分なところを削り取れればそれは最高。でも、できるまではこれでいいんだと思ったし、私はこれで生きたい。だって最初から80パーセントを目指すって私にはできないです。100パーセントを目指してやって、やっとみんなの80パーセントなの。80パーセントにも満たないかもしれない。だから今は溢れるぐらいにやって、それで、いこうと思います。毒で枯らす方法はまだわからないけど、でも今、すごくいい気分。

誇張してしまうのも私、それでいい。そのときは嘘でも今は本当だから。

今度は私があなたの言葉で優しい顔になりました。
今日はこれがほんとうです。


またね👋





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