いつまでも空を見上げていたい
また、空を見てしまう。
およそ意味があるとはいえない行動は、すでにやめることができなくなっていた。
僕が小学生の頃、父はパイロットだった。
いつでも優しく、顔を綻ばせながら僕の話を聞いてくれる父のことが、大好きだった。
あまり家に帰ることのなかった父は、当時の僕にとって、ピンチの時に現れる戦隊ヒーローのようで、いつも帰りを心待ちにしていた。
だから、家に帰って玄関先に黒くて大きい革靴があれば、僕は叫びながら居間に入っていった。
母は、明るく天真爛漫で、人に媚びることを嫌う女性だった。人付き合いが好きで、僕の家には母の友達が集まることも多かったから、僕は良くその人たちに可愛がられていたと思う。
そんな母は、頻繁に空を見上げて飛行機を見つけると
「父さんはアレに乗って帰ってきてるんだよ」
なんて、真面目な顔で言う人だったから、騙され易い僕はいつからか空を見上げるようになった。
父と母は、お互いを呼ぶときに下の名前で呼び合っていた。
でも、僕に向けられた言葉の中では、両親がお互いの名前で呼ぶことはなく、パパとママになっていた。
その違いを当時の僕は理解していなかったし、今も理解してるわけじゃない。
きっと、父と母が2人で話す時には、僕と恋人が話すような距離感だったんだ。
2人の子供である僕から見れば、両親は特別で、生まれた時から対になっていたし、これからも続く2人であると思っていた。
けど、特別なんかではなくて、2人は呆気なくバラバラになった。
また空を見上げてしまっていた。
高校生になった僕は、周りの学生と同じように悩みを抱えている。
傍からみれば大小のついた悩みたちも、当人の立場になればその大きさは等しく大きい。
僕もそのクチで、周りの評価とは異なる、自分なりに大きな悩みを抱えるひとりである。
僕の悩み、それはずばり恋人と別れるか。だ。
高校生になり、初めてできた恋人だ。
なぜ別れか悩んでるかって?
それは、致命的に話が噛み合わないからでも、口からニンニクを3日くらい熟成させた匂いがしたからでもない。
僕には、経験があるからだ。
それは、両親が離れバナレになってしまった経験。
あんなに優しくて、愛し合ってた2人がそうなってしまうだなんて。
そんなことを考えたら、今の恋人との別れも想像してしまう。
この先2人が愛し合う先に別れがあるのならば、痛みが少ないうちに決断してしまおうと言う寸法だ。
こんな理由は馬鹿らしいと言うだろう。
そして、なんで付き合ったんだと。
初めての告白に舞い上がってしまったんだ、許してくれ。
誰に向けたわけでもない言葉が溢れる。
このことを母に相談したらなんと言われるだろう。
きっと、そんな考えなら振る前に振られるわ。なんて、呆れ顔で言われそうだ。
高校からの帰り道、身体を透き通っていくような気持ちいい風が僕のそばを駆け抜ける。
恋人とはまだ別れていない。
家に帰ったら母に相談しよう、そう決意した僕は全てを飲み込むような蒼い空を見上げる。
近くを飛ぶ飛行機は見当たらず、当たり前だけど、いなくなってしまった父は見つけることができない。
母は父と別れることになったとき、どのような感情だったのだろうか。
もういっそ、出逢うことがなければ良かった、なんて思っていたのだろうか。
真相は母にしかわからない。
だからこそ母に相談しよう。母はきっと僕の悩みを解決してくれるはずだ。
玄関を開け、足元を見るが革靴はない。
当たり前だ。
僕は靴を脱いで、静かに居間に入る。
昔は高揚感に包まれながら入った居間は、今では多少の緊張を持って入るようになった。
仏前に座り、父の顔に正対する。
航空事故で死んでしまった父の顔は、最近まともにみることができるようになった。
肺が痙攣するほど泣いたのは、半年ほど前のことだ。
そっと目を閉じて、手を合わせる。
2020年12月12日
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