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7/16 自書

あの日、僕はまた何も言えなかった。

周波数化する怒声。
剥き出しにされた眼球に縛れて固まる全身。
正面から感情の波を浴びせられる身震。
それを容赦無く飲み込むちっぽけな心。

その全てが、
その時の世界の元素へと瞬時にすり替わって、
まるで僕の呼吸を深水へ沈め込むようで。
鈍い重圧と鈍痛が、僕の喉を潰して襲うのだ。

声が出ない。
これは、比喩でも演出でもない。
そう受け止めるしかできない、強制された『真実』。
「ごめんなさい」「すみませんでした」
そのワードしか連呼しない役立たずの玩具に
僕の喉は脳は、哀しくも簡単に脱皮するのだ。

嵐が過ぎ去った後、
僕の意識は少しだけ酸素を寄越される。
と同時に、溜められた大量の二酸化炭素が
我先に飛び出そうとするばかりに、
肺の中を暴れ回って僕の意識を再び濁すのだ。

支配圧から解放された安堵からか、
はたまた別の感情からなのか。
思考する速度より起こる速度の方が
はるかに早かった。
思考より感覚の方が、
足も長くしなやかで、
よりスムーズに俊敏に動けるのは
いうまでもないだろう?

感情の指が喉に突っ込まれて抉られて
僕は盛大にゲロを吐いたんだ。
「涙」というゲロを。
いかんせん、僕は泣き虫だ。
他人に指摘されるより先に、
それだけは、頭の中で唯一理解していることだった。
「大丈夫?」とたとえ気遣われたとしても、
自分の嘔吐物が他者の目に触れるほど
屈辱なことはないと叫ぶ自分の声に、
重ねて、受容して、隠して。

振り返る僕は、どんなに綺麗な皮を被っているのだろう。
「慣れている」という、なんとまあ美しい一言だけを添えて。
ほら、世界中の道化たちよ。
どうか称えておくれよ。
自分の喉を、自分で潰して笑う哀れな道化に、
花の一輪ぐらい投げてやっても、良いんじゃないか。
俺が全ての災いの源であるのだから、
全ての苦痛が俺の元へ還るのはきっと
「自然の摂理」とかいう、
馬鹿げた学論なんだろうなぁ!ああ!

後になって思い返す。
閉ざされた白く透明な精神世界の中で、
僕は僕と面談する。
そこで、護るべきものを決める。

「ごめんなさい」「怒ってくれてありがとう」
これだけ思えた自分は、絶対に、正しい。
何があろうとも、天地がひっくり返ろうとも。
そこの点に限って言うのなら、全て正義である、と。
護るべきだ、一緒に護ろう。
僕らは喜んで心中を誓おう。
よし決まった、次の議題だ。

直すべき点は何か。
商品を乱雑に扱ったことか。
はたまた自身の虚しい反復の呪いであるのか。
『『どちらでもある。』』
ならば、商品を丁重に扱うことで反復の呪いを解こうではないか。
挑戦する価値がある、よしやろう。
次。


いつもここで止まる。
僕たちは、僕たちの『バケモノ』を処分することにどうしても、
慣れては、いない。

暴れるからだ。
犯すからだ。
死なないからだ。
対処するにしては、僕たちの犠牲が多すぎる。

『バケモノ』は泣く。
傷付いたと。
悲しいと。
もう死んでしまいたいと。
美しく、哀しく、やがて最も醜く、
僕らにそうやって助けを求めてくる。
でも聞いてよ。
僕よりもう一人の僕の方が、
断然『バケモノ』に対する解釈は上手なんだ。

「辛かったんだろ?」「苦しかったんだろ?」「傷付いたんだろ?」
そうやって、『バケモノ』の叫びをおうむ返しするごとに、
次第に『バケモノ』は元の冷静さをほんの少し取り戻した。
もう一人の僕は、『バケモノ』の頭を優しく撫でる。

「良い子だな。」



「で、次どうする?」
突然振られて、僕は唖然として間抜けな顔を晒した。
もう一人の僕も、飄々とした間抜け顔を晒し合う。

『バケモノ』は相変わらず泣いている。
でもさっきと違うのは、その嘆きは助け乞いの嘆きであることだ。
それを、どうやったら拭い去れるのか。
どうやったら『バケモノ』で無くなるのか。

…そんなの、こちらが知りたい。
でも僕はいろんな方法を試してみるよ。
だから、少し。


「少しだけでも良いから、待っててね。」

僕は走り出す。
でも、それは逃避行者の足遣いだ。
何かに追われるような切迫感。
振り切っても、それに意味はない。
『消え去らなければ』無くならない。

音を紡ぐ安心できる他者と交わる三大欲求に従う。…

あらゆる方法を試したが、まだおさまらない。
この焦燥感は何なんだ?
どうしたらあの『バケモノ』はぴたりと泣き止んで、
「通常」に戻ってくれるのだろうか。

これ以上、俺にはさっぱり理解できない。
やめてくれよ本当にマジで。
お前のせいで、僕の人生は滅茶苦茶だ。
これ以上、僕の人生の足枷にならないでくれ頼むから。


この感情の行き場は、
一体どこが、正解なのだろうか。


誰か、教えてくれ…






















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