見出し画像

頭の金色は、好きに生きたい、という小さい記号

天井をボーッと眺める。窓から日の光が差して、白い天井に模様を作っていた。シャンデリアのように光っていた。先生は心理テストの書類を探していた。今日は心療内科の日だった。日の光が美しく感じる。夕方の風が心地いい。ルイボスティーの温かさで安心する。そう感じられるだけでも、僕は少し前に進んでいるのかもしれない。

診察が終わり、待合室に戻った。メールを確認すると「社内での厳正なる面接選考の結果、誠に残念ではございますが、今回は採用を見送らせていただく結果となりました」という見慣れた文字が目に入った。機械みたいな言葉だな、と思った。

僕は、髪の毛をずっと伸ばしていた。長髪にしてみたかった。髪の毛をこんなにも伸ばしたことがなくて、段々と長くなる過程が、不思議と楽しかった。ツーブロックにしていてバリカンで刈り上げていた首元や耳周りを整える以外は、もしかしたら一年以上、カットに行っていないかもしれない。

髪の毛はもうすぐ肩に着きそうだった。黒い髪の部分が、金髪を外に追いやっていた。毛先から、よくある定規の長さくらい、金髪のままだった。三年前くらいに初めて金髪にして、二年前くらいに2万円くらい払って全部染め直したけど、今は染め直すお金も無く、そのまま伸ばしていた。

デイケアの話を聞きに行った後、バス停の向かう途中、初めて精神障害者用の乗車証を使って乗ったバスの中、「今何を優先すべきか」を考え直していた。こだわりがあった。諦め切れない何かがあった。僕は諦めが悪く、妙なこだわりが多い人間だったのだろう。でも、今何が大切なのか、見極め、諦めないといけなかった。諦めるべきものはまだまだ沢山あった。

カットサロンの床に落ちた、金と黒が混じった髪の毛を眺めて、悲しさと決意が混じったような気持ちになる。金髪の部分を全て切ってもらった。短めの髪型にした。僕にとって、金髪は、初めて見た目で自分を表現できたような気がした、記号だった。記憶が正しければ、2020年の年末に、地元・大阪の美容室で金髪にしてもらった。

2020年は、僕が鬱と診断された年だ。急に思い立って染めに行った。「意外に似合うね」と両親に言われたのを覚えている。躁っぽさも混じっていたのかもしれない。でも、自分なりの判断では、ちょっとでも、好きなことに向き合おう、やりたいことをやろう、とやけになっていた。いや、解放的になったのかもしれない。その数年前、当時付き合っていた彼女に「金髪にしようかな」と相談すると、「やめておいた方がいいよ」と言われたのをまだ覚えていた。

最後まで、手放したくはなかった。髪の上の金色は、僕なりの自己表現だった。「こうした方がいい」「こうあるべきだ」という幻想への抵抗だった。やりたいこと、ありたい姿に蓋にしないために小さい反抗だった。好きなことをしよう、好きに生きよう、という小さい記号だった。悔しかった。でも、またいつか染めればいいや、と未来に託した。

外に出ると、いつも以上に強く風を感じる気がした。髪の毛を切った分、頭が軽く感じる。夕方だった。悔しさや決意や不安で、空の色を覚えていない。家に着いて、暖かそうなキャットハウスで寝ている猫の姿を確認した。10時半ごろ家を出て、心療内科と精神福祉センターとヘアカットに行って、帰ってきたのが17時ごろだったから、疲れていた。

少し休もうと思ったけど、不思議ともう少し頑張れそうな気がして、明日の面接の準備をした。会社資料を読み、自己分析をする。突然、自分じゃなくなったみたいに、僕は泣き崩れた。僕は愛猫を守れるのか。生活できるように働き口が見つかるのか。生き抜けるのか。毎日が、命が、当たり前ではない、奇跡だと気付く。

最近毎日泣いていたが、顔がクシャクシャになるまで泣いたのは久しぶりかもしれない。不甲斐なさ、情けなさ、不安が一気に押し寄せてきて、面接準備の手が止まる。不安を解消するためには手を動かさないといけないのは分かっているけど、泣き崩れて何もできない。

少ししたら、キーボードを打てるくらいには落ち着いた。もう一度、面接の準備に戻る。今は目の前の一社に集中すべきだと分かりながら、不安で他の求人もチラチラと見てしまった。母に「もしかしたら、頼るかもしれない」とラインをした。「気にせず、いつでも言っといで!」と返信があった。

愛猫がピョンと作業机に飛び乗る。僕は、起きたのね、と声をかけた。何かを訴えるように、ニャー!、と言った。「なんか印象変わったね、短い髪も似合ってるよー」と言ってくれたのかもしれない。「なんとかなる、大丈夫だよ」と言ってくれたのかもしれない。「お腹すいた、晩ご飯はまだ?」と言ったのかもしれない。

人間は、泣き崩れたクシャクシャの顔のまま、微笑んだ。猫はまた、何かを訴えるように、ニャー!、と言った。


この記事が参加している募集

いつも応援ありがとうございます。頂戴したサポートは、生活費・活動費に使わせていただきます。