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日記じゃないもの

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日記以外をまとめたものです。
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#掌編小説

【掌編小説】喫茶店の皿

【掌編小説】喫茶店の皿

 会社の昼休みによく行く喫茶店には額縁に入ったバスケットボールくらいの大きな皿が壁に飾ってある。

 どこの景色だろう。手前には真っ赤な花が咲き、後ろには草原、その背後には湖と山の影が見える。季節は秋だろうか。淡いタッチのその皿を見て、安いブレンドコーヒーをすする。

 しかし妙である。

 皿は食事に使われてこそ皿たりえるのにと考えれば、私はこの皿がひどく気の毒に思えた。

 それは技術者であっ

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【ショートショート】藤川球児的な

【ショートショート】藤川球児的な

 私の名前は芥川。あの芥川龍之介と同姓である。そんな共通点から私は小説家を志し、しかし挫折した。

 そんな私にも来月男の子が産まれる。私はこの子に是非、この果たせなかった夢を託したい。

 思えば阪神の藤川球児は「球児」という名前であればこそ、あれほどの投手になれたのだと思う。理科のスペシャリスト柳田理科雄の名が本名だと知ったときに私は確信した。

 「賞」。賞という名前を付ければ否が応でも「芥

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【掌編小説】置き引き

【掌編小説】置き引き

 この日本で泥棒なんてそうそう出会うわけがない。

 現に私は財布を落としたことはあっても盗まれたことはない。

 そういえば以前、雨の日の暗がりの道を歩いていたら、道端に二つ折りの財布が落ちているのを見つけた。好奇心で中身を見たら、レシートすらない、本当にすっからかんだった。

 だけどそれは周りに人がいないからこそ行われるわけで、人の目に怯えながらそれをやり遂げる心臓に毛が生えている奴なんてそ

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【掌編小説】少年とラリアット

【掌編小説】少年とラリアット

 ワンルームの俺の部屋に少年が立っていた。その少年は子役でもやってそうな、そんな女の子のような見た目をしていた。それで僕の腰くらいの身長で上目遣いでこっちを見てニコニコする。

 非常に可愛らしい。しかしなぜか無性にムカムカする。

「気を遣ってんじゃねーぞ」

 その瞬間、カッとなった俺は今まで一度もしたことがないラリアットをすることにした。下手くそなラリアットは少年の首を手首のあたりで捉え、そ

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【掌編小説】人にやさしく

【掌編小説】人にやさしく

 「高齢者には優しくしろ」って言葉嫌いだよ。だって、暗に「自分に優しくしろ」と言ってるようでなんかムカムカするじゃん。高齢者じゃなくても人には優しくするってんだよ。あんただけに優しくするほど興味ないし。
 こうやって喋ってると、むかし上の部屋に住んでいたおじいさんを思い出すね。
 学生の頃、住んでいたアパートの真上に独り身のおじいさんが引っ越してきたの。これが厄介でさ。大音量でテレビを聞くの。耳が

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【掌編小説】二流の人

【掌編小説】二流の人

 同い歳におもむろに背中で語られると癪に障る。それは動物の本能がむき出しになるようで自分でも嫌になる。これが歳が一つ上だとか下だとかになると不思議なことに全く割り切って興味が失せる。 

 ここにひとりの天才がいる。全く正気なようだが、とはいっても常人のそれとは違って、私からすればイカれている。しかし人格が破綻しているわけでもなくて、それは実に緻密な芸術的つくりをしている。そして彼のせいで周りの人

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【掌編小説】いかさま師

【掌編小説】いかさま師

 私はここでトランプをして、人が来るのを待っている。蜘蛛が巣を張るようにただ静かに、それが迷い込んでくるのを待つ。 

 見えているものが全てではない。真っ暗闇まで隅々見えると安心するとき、どんな匂いでどんな音が鳴っているかは知らない。何かがおざなりになる。人間にはどうしても隙ができる。 

 そして人間は怠け者で、楽な方を好む。いつも神経過敏に不安がっていると疲れる。だからその苦労から解かれたい

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【掌編小説】Aの取り調べ調書

【掌編小説】Aの取り調べ調書

――ええ、私がやりました。こういうの「間違いありません」と容疑を認めています、ってよく聞きますよね。へへっ。あ、すいません。 

――あいつは高校の同級生でした。面白い奴だったんですよ、殺しましたけど。それが、社会人になって金の無心をするようになって…。周りはみんな断っていたらしいんですが、高校の頃のあいつを知っているだけにどうも嫌いになれなくて、でもそれがよくなかったんだ。あいつは僕の良心につけ

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【掌編小説】キュートアグレッション

【掌編小説】キュートアグレッション

 彼女は自分のことが大好きであった。本当の彼女は彼女自身にしか理解できない、真に自分のことを愛せるのは自分だけだと本気で信じていた。自分だけがこの寂しい世界の唯一の理解者だった。だから、誰からも見向きもされない日にも平気であった。彼女の心は、いつも自分を見てくれていたからである。 

 それと、鏡が苦手であった。鏡は心に映る現実から引き戻すからだ。素顔のままに鏡に立っていることは彼女の生きる自信を

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【掌編小説】サトゥルヌス

【掌編小説】サトゥルヌス

 仕事がようやく片付いたときには、職場は彼女ひとりだけになっていた。出社するべく、階段へさしかかると、そのすぐ下の踊り場で熊とも人間ともつかない大きな化け物が彼女の上司を鷲掴みにして、無我夢中で喰っていた。上司の方はピクリとも動かない。 

 すくんだままに、その様をじっと見ていた。左腕につけた時計。あの嫌みったらしい女上司に間違いなかった。 

「テメエのせいでこんな時間まで仕事をする羽目になっ

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【掌編小説】火事

【掌編小説】火事

 信号を無視して、一時停止を突っ切る。咎めるものは何もない。 

 この地区は3年ほど前に避難命令が出て、私以外にはだれも住んでいない。街全体がもぬけの殻なのである。 

 この地区の話を人づてに聞いたとき、彼はココこそが楽園だと信じた。そして、旅行がてらにノコノコやってきた招かれざる客であった。 

 しかし、1週間ほど経ち、「私のやりたいことって一体なんだっけ」と片隅にあった空虚な気持ちが当初

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