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【掌編小説】Aの取り調べ調書

――ええ、私がやりました。こういうの「間違いありません」と容疑を認めています、ってよく聞きますよね。へへっ。あ、すいません。 

――あいつは高校の同級生でした。面白い奴だったんですよ、殺しましたけど。それが、社会人になって金の無心をするようになって…。周りはみんな断っていたらしいんですが、高校の頃のあいつを知っているだけにどうも嫌いになれなくて、でもそれがよくなかったんだ。あいつは僕の良心につけこんで、僕のところばかりに金を借りに来たんです。もうすっかり別人でした。それでも、元気な顔だけみれたらそれでいいんだと、最初はそう自分を納得させていました。 

――それで、こちらにお金がないときにも遠慮なく来るときにはさすがに腹が立ちました。が、どこに助けを求めたらいいやら。それが少しずつ積もっていって。脅かすつもりだったんです。察してくれて、あいつももう来なくなるだろうと。店先に上等のナイフがあったので、少し借りるつもりで、いえ本当です。 

――私の気分と会ったときとがよくなかった。本当によくなかった。よくよく考えて今までのことにハラワタが煮えくり返ったまま待っていたんです。そこにあいつが遅れてきた。借りる側がですよ。もう我慢ならなかったんです。それでヘラヘラしていたあいつの腹の辺りを両手で持って力いっぱい刺しました。私の手にあいつの脈打ってるのがナイフを伝ってわかりました。とんでもないことをしたんです。もう取り返しがつかないと、ヤケクソになってまた5回ほど刺しました。 

――しかしですね。正直なところ胸がスッとしたんです、ほんの一瞬だけ。こんな憑き物とはおさらばできると。ようやく僕の心に晴れ間がやってきて、それがすぐに雲に隠れました。自分のやったことに恐ろしくなったんです。二日酔いのようにさっきまでのスッとした気持ちもなにもかもが後悔に変わりました。だから、私は覚せい剤があってもやらないと思うんです。だって、その先に後悔があるのが分かるから、すいません関係ない話でした。 

――あー夢でも見ているようだ。飯が喉を通りません。いつかにこんな夢を見たんです。デジャブですね。だから、まだ夢であってほしいとそむけたくなるが、どうやら違うみたいです。留置所はドカンと冷えていますが、私の肌はそれ以上に冷えて青ざめてるんです。生きた心地がしません。しかし、捕まるのはあいつの方だったんだ。あんな奴に慈悲を与えて、私が罰を受ける。滑稽で笑ってしまいますよ。 

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