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【掌編小説】喫茶店の皿

 会社の昼休みによく行く喫茶店には額縁に入ったバスケットボールくらいの大きな皿が壁に飾ってある。

 どこの景色だろう。手前には真っ赤な花が咲き、後ろには草原、その背後には湖と山の影が見える。季節は秋だろうか。淡いタッチのその皿を見て、安いブレンドコーヒーをすする。

 しかし妙である。

 皿は食事に使われてこそ皿たりえるのにと考えれば、私はこの皿がひどく気の毒に思えた。

 それは技術者であったのに、今は不本意にも営業をさせられている私の境遇に重なったせいかもしれない。

 そうして、私はこの皿に皿としての生きる喜びを伝えねばという使命感に駆られた。

 あくる日、私はコーヒーといつもは頼みもしないスパゲティを頼んだ。

 そうしていつものあの席につくと、額縁からあの皿を出してやることにした。しかし、この額が壁にしっかり固定されている。力任せに引っ張ると額は勢いよくバリーンと、床に落ちて割れた。

 客が一斉にこちらを見るのを背後で感じる。しかしそんなことには意にも返さず、私は皿だけを心配していた。

 皿は幸い無事であった。私はその皿にスパゲティを移し替えてすすった。皿はついにその檻から出たのである。

 すると裏から店長らしきオヤジが「なにをするんだ」と出てきて私の腕を掴んだ。

 取っ組み合いになり、カッとなった私はスパゲティの載ったあの皿を掴んで、オヤジの頭をガンガン殴った。

 ふと、皿を見る。

 皿は喜んでいた...

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