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すーこ短編小説まとめ

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私の書いた短編小説(ショートショート含む)のまとめページです。 読者のみなさま、いつもスキをありがとうございます。
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2021年9月の記事一覧

道

今日は、ちょっぴり特別な日。
と言っても本当にちょっぴりで、今年初めて取れた有給休暇で、八年ぶりに髪をばっさり切ったのだ。
何があったわけではない。ただそういう気分で、他でもない自分のためにボブにした。

三十センチ近く切るのは、美容師さんもわくわくするみたい。
「こんなにいいんですか。」
「お願いします。」
「とびっきり素敵に変身させちゃいますね。」
しばらくして、目を開けて鏡に映る自分と向き合

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夜明け

夜明け

ここは船の上。荷物は船室に置いてきた。今が何時だかわからないが、部屋を出たときは既に三時を回っていた。月も星も見当たらない。周りにはただ、船の灯りが映るばかりの黒々とした海が、どこまでも続いていた。

***

二泊三日の帰省を終えて船に乗り込み、八時間以上が経過していた。
久々に帰省した私を、母は温かく迎えてくれた。父は出張でいなかった。
元気にしていたか、仕事は順調かとの問いに、うん、大丈夫だ

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はじめてのハイウェイ

はじめてのハイウェイ

窓から入る心地よい風を感じながら、高速道路で車を走らせる。ふと、免許を取って初めて高速道路を走った日のことを思い出す。
それは三年前の初夏だった。

***

就職するまでペーパードライバーだった上に、入った会社以外では営業職を受けていなかったため、まさかこれほどがっつり運転する羽目になるなんて思ってもいなかった。
教習所では指導教官をして「必要に駆られない限り運転するな。」と言わしめるほど、ドラ

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冒険の理由

冒険の理由

「お宅の娘さんがうちの子を校区外へ連れ出したんです。もううちの子と遊ばせないでください!」
受話器をとると、怒りを露わにした母親の声が耳をつんざいた。ガチャンと電話が切れる。
15年前の、春休みの土曜日深夜のことである。

***

団地のある丘を下った校区外の橋で、娘たちは発見された。
子ども三人で夕暮れ時にいるのを心配した通行人が保護してくださったと連絡が入り、慌てて交番へ向かった。
私たち夫

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紙飛行機に思いを乗せて

紙飛行機に思いを乗せて

ベランダの手すりに体を預けて、ぼんやりと空を見上げていた。
雲に覆われた空がどこまでも広がっている。
運動音痴で電話相手もいない、お酒も飲めない私には、こうして黄昏るくらいしか、やり場のない思いを霧散させる方法が浮かばなかった。

「お姉さん、ごめんなさい。それ取って!」
下の方から少年の声が聞こえる。ボール遊びでもして、勢い余ってしまったんだろうか。
「ねえ!ベランダのお姉さーん!」
少年の方を

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サンタとトナカイ

サンタとトナカイ

「承子はまたお人好し発揮して。」
鈴ちゃんが、困ったような顔をして私を睨む。

私はどうもお人好しらしい。
幼い頃から、何か頼まれるとできないことでなければ引き受けるし、困っている人を見かけたら放っておけない。
そういう性分なので、特に負担に感じたこともないし、見返りがほしいわけでもない。
そんな私を鈴ちゃんはいつも気にかけて、大変そうなことは、私が何か言う前に断ってしまう。そんな鈴ちゃんこそお人

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