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サンタとトナカイ

「承子はまたお人好し発揮して。」
鈴ちゃんが、困ったような顔をして私を睨む。

私はどうもお人好しらしい。
幼い頃から、何か頼まれるとできないことでなければ引き受けるし、困っている人を見かけたら放っておけない。
そういう性分なので、特に負担に感じたこともないし、見返りがほしいわけでもない。
そんな私を鈴ちゃんはいつも気にかけて、大変そうなことは、私が何か言う前に断ってしまう。そんな鈴ちゃんこそお人好しだな、なんて私は思う。

「承子?」
「ごめんごめん、鈴ちゃんは優しいなって。」
「もう。でも、そんな承子に救われたから、今の私があるんだけど。承子はすごいなぁ。」
「大したことないよ。」
「本当に無自覚で天然なところがすごいよ。でも、だから心配になるの。善意につけこまれて、傷つけられるんじゃないかって。いつも私が付いてられる訳じゃないし。」
「ありがとう。気をつけるね。」

***

「あの、すみません。」
鈴ちゃんと分かれた駅で、声をかけられた。
「どうしたんですか。」
「財布落としちゃって。電車に乗りたいんですけど、切符代貸してもらえませんか。明日必ず返すんで。」
「いいですよ。どこまでですか。」
「助かります。終点の雪見駅です。明日お礼したいので、連絡先も教えてもらえませんか。」

「あの。」
運賃表を見てお金を渡そうとすると、横から話しかけられた。
「貴方、定期持ってますよね。見えてますよ。それについさっき、コンビニに寄っているのを見かけました。」
「何だお前。」
「今立ち去れば見逃す。それとも通報してほしいですか。」
「チッ」
目の前の応酬を、目をぱちくりさせながら呆然と見つめていると、男の人の姿はもうなくなっていた。

「三田さん。もう少し人を疑ってください。」
「すみません。ありがとうございます。でも、どうして。」
「あ、えと、突然すみません。僕、戸中樹と言います。貴方と同じ栗須大学一年の、法学部。」
「そうなんですね。よくあの人のこと、気づきましたね。それに、学部も違うけど、大学でお会いしましたか。」
「あ…そうですよね。僕は、先日大学で貴方に落とし物を拾ってもらって、ずっとお礼を言いたいと思っていました。友人伝いに貴方のことを知って、声を掛けようとしたら先ほどの光景を目にして、つい。」
「そうだったんですか。わざわざありがとうございます。」
「こちらこそ!落とし物、大事な物だったんです。なかなか見つからなくて途方に暮れていたときに、学生課から連絡があって。本当に助かりました。」
「それはよかったです。」
「あ、でも、僕だって貴方にとって見知らぬ男。気安く信じちゃ駄目です。」
「じゃあ、全部嘘なんですか。」
「いや、本当ですけど。これ、貴方が届けてくれた物です。」
「あぁ!この前届けました。やっぱり本当だ。」
「やっぱりって。」
「だって、私のこと助けてくれたときも、今も、真剣な目をしてます。嘘だと思えませんでした。」
「そういう風に装う人だっています。今後は本当に気をつけてください。」
「ふふ。」
「僕は本気で。」
「ごめんなさい。私の友人と同じ、お人好しな人だなぁって思って。」
「心配なんです。僕にとって貴方は恩人だから、辛い目に逢ってほしくない。」
「戸仲くん、ありがとう。気をつけるね、友人にも心配かけてばかりだし。」

***

「承子ったら、言わんこっちゃないんだから。」
「ごめん、鈴ちゃん。これからはもう少し気をつけるよ。」
「お願いよ。私承子に何かあったら…」
昨日の話をすると、予想以上に鈴ちゃんに心配されて叱られた。何だか申し訳なくて、それにもし本当に何か起こっていたらと思うと、少し怖くなった。

「それで、その戸仲くんとは。」
「連絡先交換したよ。ちゃんと学生証も見せてくれたし、落とし物も確認したし、怪しい感じはしなかったけど。」
「そう。今度紹介して。私の目で確認したい。」
「うん。」

***

数日後、戸仲くんと鈴ちゃんと三人で対面した。
「戸仲です。」
「音無です。」
「承子、ちょっと戸仲くんと二人で話したいんだけど、いいかな。」
「うん。」

「戸仲くん。先日は、承子を助けてくれて本当にありがとう。」
「いえ。」
「感じ悪いかもしれないけど、聞かせてほしいの。気に障ったらごめん。…戸仲くんは、承子のことどう思ってるの。」
「えっと…恩人です。だから、彼女を傷つけるつもりは決してありません。」
「そう。…信じていい?」
「三田さんの大切なご友人だと聞いています。貴方のことも裏切るつもりはありません。」
「わかった…ごめんなさい、信じられなくて。私にとっても承子は恩人なの。あの子が傷つくの見たくなくて。厄介なのが側にいてお節介だって、自分でもわかってるの。」
「わかります。音無さんみたいなご友人がいて本当によかった。」
「ありがとう…私も、助けてくれたのがあなたでよかった。」

「ふたりとも、もういい?」
「うん。」「はい。」
「じゃあ、そろそろ夜だし、今からごはん行こうよ。」
「ごめん承子、私これから予定があって。ふたりで食べてきたら。」
「音無さん!?」
「わかった。戸仲くんは、予定大丈夫?」
「え!?大丈夫、ですけど…」
「この近くにね、おいしい定食やさんがあるんだ。行こう。鈴ちゃん、またね。」
「承子、戸仲くん、楽しんで。またね。」
「うん。ほら、早く!」
そう言って差し出された手を、緊張しながら繋ぐ。いつの間にか降りだした雪の降る中、ふたり静かに歩きだす。

どこからか、鈴の音が聴こえる。
空を見上げると、雪に混じって、宵闇に星が一筋流れるのが見えた。

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