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はじめてのハイウェイ

窓から入る心地よい風を感じながら、高速道路で車を走らせる。ふと、免許を取って初めて高速道路を走った日のことを思い出す。
それは三年前の初夏だった。

***

就職するまでペーパードライバーだった上に、入った会社以外では営業職を受けていなかったため、まさかこれほどがっつり運転する羽目になるなんて思ってもいなかった。
教習所では指導教官をして「必要に駆られない限り運転するな。」と言わしめるほど、ドライブテクニックがない。
そんな自分が、県外へ高速に乗って運転しなければならなくなるとは…

入社後最初に助手席に本田先輩を乗せて営業車を運転した際、50km/h制限のところを30km/hで走って、目を剥かれた。
帰社後、先輩に向けて言った。
「先輩、私高速なんてとても運転できません…」
「なんで営業職受けたんだよ。」
「だって、面接のときは、県内だけだって聞いてました。高速に乗ることはないって。」
「基本な。豊田の地区は高速に乗る必要はないけど、営業担当者は県外のイベントに持ち回りで出向かなきゃならない。」
「そんな…」
絶望的な気持ちで肩を落としていると、先輩が言った。
「しょうがねぇなぁ。俺が教習してやるよ。今度の週末、空いてるか。」

***

待ち合わせ場所で待っていると、一台の車が目の前に停まり、窓が開く。
「よう。ほら、助手席乗って。」
助手席に乗り込み、シートベルトを着けると、早速走り出す。
「本田先輩、今日はお休みのところすみません。よろしくお願いします。」
「気にすんな。手加減できねぇけど、よろしくな。鈴木も付き合ってくれてありがとな。」
「お誘いありがとう。豊田さん、がんばって。」
「はい。」
どんなスパルタ教習が待っているのかと怖くなる。
「今日はどこまで。」
「とりあえず朝倉に行って、時間があったらいいところに連れてってやる。」
「朝倉。」
「おう。行きは俺が運転するから、帰りは豊田な。大丈夫、運転しやすい道だから、初心者向きだ。初心者マーク持ってきたか。」
「はい。服装も運転しやすさで選びました。」
「バッチリだな。行くぞ。」
「お願いします。あの、これ、本田先輩の車ですか。」
「そうだよ。」
傷付けないようにしないと。もちろん、レンタカーだろうと傷付けちゃいけないんだけど。

***

高速を下り、あっという間に朝倉にたどり着く。
どこかの駐車場に駐車すると、本田先輩から声がかかる。
「ほら、行くぞ。」
「あの、どこに。」
「豊田さん、このへん初めて?」
「はい。」
「なら着いたときのお楽しみな。」
そう言うと、鍵をかけて先輩たちはどんどん先へ行ってしまう。私は慌てて追いかける。


目の前に立派な水車が見えてきた。
「これ…!」
「三連水車。ちょうど今日からまた稼働するんだ。」
このあたりは昨年の豪雨で被災した。車窓から、崩れたままの山肌も目にした。
「田んぼ綺麗だよね。この水車、ただのシンボルじゃなくて、ちゃんと現役なんだ。」


よく見ると、用水路から汲み上げられた水が田んぼに注がれている。
美しいだけでなく、この土地での人々の営みが感じられて、感慨深い。
水車が稼働していても生活が元通りというわけにはいかないかもしれないけれど、希望を感じるし、復興に向けて確実に前を向いて走り出しているのを感じた。

「さあ、そろそろ行こうか。運転交代な。」
そうだった…今日は高速教習なんだ。

***

営業車以外の運転は久しぶりで、慣れない車に戸惑いながらも、ゆっくりと発進させる。
いつもの道ほど車通りも少なく走りやすいが、高速に近づくにつれ緊張が高まる。
「豊田、肩の力抜け、な。」
「む、無理です。」
「ハンドル握りしめすぎ。赤信号のときくらい力抜け。」
「うぅ…」
「大丈夫だ。加速車線はしっかりアクセル踏め、じゃないとかえって危ない。」
「はいー…」
「俺が言うパーキングまでがんばれ。無理ならそこで変わってやるから。」
「わかりました。がんばります。」
「よし、その意気だ。」

ゲートをくぐり、加速車線に入る。アクセルを踏み込むと、スピードメーターの針がぐーんと右に触れる。
本線の車を確認。幸い、左車線に車はない。そのまま合流…できた…

「よし、合流できたな。後は速度保ってそのまま走れ。合流車線付近以外は左車線にいろ。みんな勝手に追い抜いてくれるから。合流車線に近づいたら余裕持って車線変更しろ。」
「はい。」
緊張しながらも、指定のパーキングまで無事運転できた。

「うん、問題なかった。このまま運転できるか。」
「わかりました。」
「出口と下りてからの運転も経験したほうがいいもんね。豊田さん、大丈夫。自信持って。」
「ありがとうございます。がんばります。」

***

言われるままに高速を下り、気がつくと細い山道に入っていた。
「あの、ここは。」
「いいから、運転に集中しろ。」
「こんな離合が厳しい道、上から車が来たら…」
「途中に待避スペースあるから大丈夫。どうしても無理そうなら変わるから、行けるところまで行け。」
本当にスパルタだ。高速教習終わったのに。
神経をすり減らしながら、奇跡的に対向車もなく走り続けると、どうやら目的地に着いたらしい。
促されるままに下りてついていく。

「見ろ。」
「うわー!」


眼前に市内の街が広がっていた。奥に海が見える。街が夕日に染まり、海がきらめいていた。
「ここさ、本田と初めてドライブで来たんだ。眺めいいでしょ。」
「すごいです。」
「どうだ。」
「なんでこんな山道って泣きそうだったんですけど、来てよかったです。」
「はは。だろ。」
この景色を、私は一生忘れることはないだろう。

***

三年経ち、未だに駐車と狭い道は苦手だが、市内も高速も問題なく走れるようになった。
高速に乗るといつも、目に焼き付いたあの日の光景と、先輩ふたりを思い出す。

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