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共食 -あなたに幸せをもたらす時間-

日本で最初の新型コロナウイルス感染者が確認された2020年1月15日(厚生労働省の発表は翌16日)から丸3年が経過しました。この未曾有の時間となった3年間。私たちはリモート生活をを余儀なくされ、利便性のある仕事の在り方をあらためて理解することとなりました

そしてまたこの期間中、リアルに会うことができない友達や家族、同僚たちとの"リモート飲み"なるものが流行ったりしたこともありましたね。これを読んでくださっている方も体験した人が多くいるのではないでしょうか。
私自身もこの"リモート飲み or 食事会"は複数回実施しましたし、取引先の会社の中にはリモートワーク用の出前なるものを関係者に宅配してくださって同じものを食する(私のリアル体験は、「王将」の餃子とビールでした)ツワモノもいらっしゃいました。今となると不思議な体験です。

そして今、既に"リモート飲み"を続けている方はいないでしょう。もちろんリアルで会えるようになったことも起因していると思いますが、それよりも皆さんは気づいたのではないかと私は思うのです。「食は体感であり"身体知"として、共に場を共有して話すことが、美味しい時間であり幸せであること」という体験の理解です。

右脳は類似性、左脳は相違性

もう一つ。先日、独立前に勤務していた企業の同期から、悲しいことにパートナーと違う道を進む(離婚)と報告を受けました。

この報告に実は、彼が結婚当初に「趣味が合っていることが多いんだよ。絵画が好き、音楽の趣味も同じで、一緒にいて本当に落ち着く」と話してくれていたことが記憶にあったのですごく驚いてしまったのです。失礼ながら彼に"どうしたのか"と聞いたところ、「だんだん趣味が合わなくなったからだ」といわれてこれまたびっくり。あれ、そういうものなのか?時間の経過と共に、2人の趣味は変わったのでしょうか?そもそも似ているのだと言っていたのでは???と…。

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脳の構造には、右脳(暗黙知;感情、直観、勘、言葉にならない脳の動き)と左脳(形式知;言葉やデザインなど論理的に思考する脳の動き)の違いがあります。

この出来事を論理的に説明するならば、恋愛当初は右脳優先でお互いの類似性を見いだそうとする(言葉悪く言えば、無理矢理共通点を見つければ、盛り上がります。笑)。しかし、時間を経つにつれて冷静になると左脳の働きによって互いの相違点が目立ってきてしまう、ということでしょうかね。

なんて論理的を求めるだけではいけないと、常日頃ここで「センスメイキング」について話している私がそれではいけませんよね(苦笑。

食が人をつなぐ?

話を聞きながら私が思っていたこと。実は、"食"というものが、人間を結びつける力にあるのではないかということでした。「衣食住」という言い方をしますが、はてさて私たちにとって何が一番近しい存在であるのか、と。

日経新聞で連載中の『やさしい経済学』で「幸せに生きるために」という連載をもたれている京都大学准教授の柴田悠氏が、幸福感を高める方法の3つのうちの一番目は「味わって食べる」ことであると、ブリティッシュコロンビア大学のヤン・コーニル准教授の調査を紹介していました。

「味わって食べる」習慣は、学歴や所得とは有意な関連がありませんが、幸福感とは有意な正の相関がありました。つまり学歴や所得にかかわらず、この習慣が顕著な人は幸福感が高い傾向がある、と言及されているのです。

これは言い換えると、"食はウェルビーイングに影響を与えている"と言えるのではないでしょうか。共体験する、一緒に話す、経験を味わう。これらが食の根幹にあって、他者と繋がることがポイントといえるのではないかと思うのです。だからこそ、前述した"リモート飲み"が一過性のブームで衰退した、そういう推測です。

また柴田准教授は、このように続けます。幸福感の第2要因は、経験を一緒に味わってくれる人があなたを幸せにしてくれる、と。やはり、ここで"一緒"がキーワードとなります。幸福感を高める価値にとって、感動を分かち合える「食」の場が重要ではないか、と私は思うのです。

幸福感の根源はリズム

もう少し掘り下げてみましょうか。
山崎正和氏の「リズムの哲学ノート」は、以前にこの場で取り上げたことがありますが、これらの思考に付随するパターンというのは、リズムの感受性によるのではないか、という推論です。

「心拍とそれに繋がる循環器のリズム、咀嚼から排泄に至る消化器のリズム、睡眠と覚醒を繰り返す脳神経のリズム、動物にも共通する自然のリズムが肉体のリズムを貫いている」

「リズムの哲学ノート」P.69の"リズムの共鳴と複合"より抜粋

ここで言及されていることから解釈すると、特に心地よいと感じる聴覚の音のリズムは、"食する時の幸福感を助長する重要なる要素になっている"のではないか、そんなことが考えられるかと思います。

リズムといえば、ピーター・バラカン氏が、自分が心地よいと感じる音は、13歳から20代半ばに身につけた身体リズムによると先日のラジオで発言されていました。

「ビートルズが全盛期の時から、ローリングストーンズ、アニマルズ、ソウル、ブルース、ジャズなどから新しい分野の音楽へと広がっていくにしても好きな音楽というのは、50年前に流行したスタイルで仕上げられるた音楽である。そして、その主な理由は"リズム"にあると思う」。確かそんな感じの発言だったと思います。

彼の言葉によれば、"13歳から20代半ばまでの身体のリズムこそがじっくり心に染みるリズムとなり、それによって身体は作られている"。だから若者たち(年寄り発言みたいですが)にとってのHIPHOPは、コンピュータ化されたとリズムを身体の中に入り一生愛着を持ち続ける、私たち昭和世代が理解できなくてもそれが今の時代であるのです。大切なのでもう一度言います。昭和を生きた私たちには理解できないのかもしれない、でもそれが"今"のリズムなのです

まとめの代わりに

他人様の家庭の事情は千差万別です。だからこんなことを伝えるのはかなりリスクがあるかもしれません。

だけど敢えて私は、同期の友人に伝えたい。「あなたのパートナーとどれだけ共に食を楽しんでいたのだろうか」と。
趣味が合うのはすごくwelcomeな状況。だけど「食」やそこから派生する「リズム」なるものをおざなりにしてにしていなかったのではないか、と。
仕事で忙しかった彼だからこそ、そして自分自身への戒めでもですが(笑。

「食」が"身体知"でリズムを醸しだし、右脳⇄左脳の相互作用を引き起こす。それは、互いの心を行き交いする動的にダイナミックな状態になるからだと私は信じています(だから日常へのパワーが起きるのだし)。そして、それは内的なものだけではなく、当然共有し合う外的な食事の時の対話が極めて重要なのではないでしょうか。なぜなら、一番わかりやすい共有時間だからです。

我々の身体は、食べたものでできています。生命、人間のリズム。これらをダイナミックに動くことに食の価値があります。

人と人をつなぐ「食」という時間。改めて見直してみませんか?

今日はそんなことが伝えたかったnoteです。
お付き合いありがとうございました。また次回!!

(完)

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