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「harmony/」これほど完成度高いSFはかつてあっただろうか?

私はアニメのジャンルとしてSFが結構好きなんだけど、意外とSFってやつは定義が難しいものである。
そう称されるものの多くはSFではなく「ファンタジー」であり、科学考証がかなりテキトーなものも多いわけで。
皆さんは、「日本SF大賞」というのをご存じだろうか?
これは日本SF作家協会が主催する賞であり、1980年から毎年開催されている。
あの小松左京先生が賞の制定に尽力したらしく、「ちゃんとしたSF」を表彰しようという意図だったらしい。
で、これが制定されてから50年が経過したわけだが、そのうちにアニメはどれほどあると思う?
以下の通りである。

【1997年】エヴァンゲリオン(1995年TVアニメ)
【2003年】マルドゥック・スクランブル(2010年アニメ映画化)
【2004年】イノセンス(2004年アニメ映画)
【2008年】新世界より(2012年TVアニメ化)
【2008年】電脳コイル(2007年TVアニメ)
【2009年】<harmony/>(2015年アニメ映画化)
【2009年】グインサーガ(2009年TVアニメ化)※特別賞
【2010年】ペンギンハイウェイ(2018年アニメ映画化)
【2012年】屍者の帝国(2015年アニメ映画化)※特別賞

全部で9本がアニメになっている。
というか、この表彰を50年もやってて、僅か9本って少ないと思わない?
そう、「ちゃんとしたSF」とアニメは意外と相性悪いんだよ。
そういうのは科学の話が絡んできて難解になりがちだし、アニメの視聴者は小難しいのよりエンタメ重視ゆえ、ニーズは圧倒的に【SF<ファンタジー】なのさ。
といいつつも、上の表彰作品の中で唯一複数回のアニメ化対応できてる作家がいて、それが「harmony/」「屍者の帝国」を書いた伊藤計劃である。
彼は、他にも星雲賞やフィリップKディック賞でも表彰されたほどのSF作家だったんだが、惜しいことに09年、34歳の若さで早逝してしまった。
癌だったらしい。
というか、彼の作品は全て闘病生活の中で執筆されている。
作品がアニメ化されたのは彼の死後のことであり、フジテレビが大々的に「伊藤プロジェクト(計劃)」と銘打ち、彼の遺作を次々とアニメ化。
代表作「虐殺器官」は実写化にも動いているらしい。

で、今回取り上げたいのは「harmony/」である。
これ、めっちゃ好きでねぇ・・。
これほど完成度高いSFアニメ映画って、正直なかなかないと思う。
世界観的には、サイバーパンク。
近未来、人類のナノテクノロジーは驚異的に進化してるようで、先進国では全国民が成人するとナノマシン「WatchMe」を体内に埋め込まれ、行政側による健康監視、および体調の制御をされるという究極の管理社会。
お陰で人々は病気とほぼ無縁になり、健康で快適な生活を送れてるという。
行政側は「WatchMe」で国民を監視してるようだけど、表向き平和で幸福な社会が実現している。
ただ、こういう管理社会を嫌悪する人たちもいるんだよね。
この物語の主人公・トァンがそうである。
彼女は学生時代、親友のミァハに誘われ、社会に身体を管理されることへの反抗として、一度自殺を図っている。

右がトァン、左がミァハ

結局自殺は失敗に終わってトァンは生き残り、逝ったミァハに罪悪感を抱きながら今日まで生きてきたわけね。
しかし彼女は優秀な女性らしくて、今では世界保健機構の上級監察官というエリートである。
内心管理社会への嫌悪感を抱きつつ、でもそれが露呈しないよう上辺を取り繕い、仕事は管理の及びにくい海外の砂漠地帯に赴任している。
そこは内戦地域ゆえ管理社会となっておらず、危険ではあるものの昔ながらのナノマシンと無縁の人間たちが生きてるところである。
しかし彼女の現地での規則違反がバレて、強制的に日本に帰国。
そこで友人と会ってたところ、いきなりその友人が目の前で自殺をしてしまう。

昼飯食ってる時にいきなり自殺した友人
呆気にとられるトァン

どうやら、各地でこういう発作的な自殺が同時多発した様子。
正体不明の犯人からの犯行声明があり、さらに「1週間以内に誰かひとりを殺さなければ世界中の人間を自殺させる」と宣言される。
で、トァンがこの事件の捜査に乗り出す、というのが大まかなあらすじ。
後々に判明したことなんだが、もともと行政側が全国民の脳にナノマシンを施術してたっぽい。
それのコントロールをどこぞの誰かに奪われたことにより、こういう事態に陥ったわけだ。
めっちゃ怖い話である。
この展開、伊藤先生のデビュー作「虐殺器官」とよく似てるわ。
「虐殺器官」は言語による大脳への刺激によって人為的に虐殺を引き起こすという特殊な扇動だったが、「harmony/」もまたそれと似た形での扇動なんだろう。
そしてこれの首謀者は、死んだと思っていたミァハだったことが判明する。

ミァハは、ちょっとイッちゃってる子でした・・

というかね、私が思うに、この物語はミァハの善悪が主題じゃないと思うのよ。
彼女は特殊な出自と特殊な生い立ちという特別な子だから、ここで善悪云々いってもしようがない。
それより問題は、全国民の脳にナノマシンを植え付けていた行政の方を問題にすべきだ(そこにミァハ自身は関与してないからね)。
これ、世界から犯罪や戦争を根絶するという、いわば世界平和の為の善行のつもりの施術だったんだろうが、めっちゃ考え方が危ないよね。
そもそも、全国民を「WatchMe」でひとつに束ねて、人々をパーツ化、均質化してること自体が危険である。
なんていうかな、同じサイバーパンクの作品から例をとるなら、「攻殻機動隊」で草薙素子がなぜトグサを公安9課にスカウトしたのか、という話なんだよ。
明らかにトグサだけ9課で異質というか、ほとんど義体化してないし、あと彼だけ妻帯者で子持ちである。
これについて草薙はこう言っている。

「戦闘単位としてどんなに優秀でも、同じ規格品で構成されたシステムは、どこかで必ず致命的な欠陥をもつことになるわ。
組織でも人でも、特殊化の果てにあるのは緩やかな死」

これ、名言だと思う。
というか、もともと人間が有性生物になったことは、種の中で染色体を配合することで多様性を担保する為でしょ。
繁殖だけなら、バクテリアのように自己増殖が一番効率いいんだから。
だけどそのての無性生物には多様性がなく、全てが均質ゆえ、弱点をひとつ攻略されれば即全滅である。
私は行政主導の国民均質化は「国民のバクテリア化」にも等しいと思うし、そりゃ管理する側のロジックとしては規格を統一した方が断然いいんだろうけど、それをやってしまってはおしまいだと思う。
しかし、人類は多様だからこそのデメリットも十分あることを認めねばなるまい。
だってさ、多様だからこそ価値観はズレるわけで、そこから犯罪は起きるし、戦争だって起こるわけよ。
じゃ、どっちを選ぶ?という話さ。

①人々は多様性(個性)を認められずに社会のパーツとなる窮屈さはあるが、その一方で平和で安全な社会
②人々の多様性と自由は認められるが、その一方で犯罪発生率が多く、安全ではない社会

「harmony/」のヒロイン・トァンは、②の考え方である。
だから限りなく①を実現した日本から敢えて離れ、危険な紛争地域で働いてたわけでしょ。

私、トァンの気持ちも理解できる気がするよ。
なんかさ、①って本来の生き物としての人間からどんどん離れていってる気がするんだ。
今の日本って、たとえば刃物もった暴漢が家に押し入ってきたとして、この時にとるべき行動の模範解答は?
「即座に警察へ連絡」だろ。
そう、荒事は自分で解決しようとせず、行政システムに頼るのが正解とされてるんだ。
じゃ学校で、不良グループがひとりの生徒をリンチしてる場面を目撃した時の模範解答は?
「先生にすぐ連絡」だろ。
ここでも自分で解決しようとせず、学校の管理システムに頼るのが正解とされている。
・・でもさ、これって少しおかしいと考えたことないか?
家族を守る為に暴漢とは戦わずに警察にまず連絡、リンチされてる子をすぐ助けずにまず先生に連絡。
こういうの、生き物の行動原理として少しおかしいと思うのは私だけだろうか?
いつの間にか我々は管理社会のパーツでしかなくなって、衝動で動く生き物からはどんどん離れていってるような気が・・。
こういうの、一種の「去勢」とでもいうのかな~。

「harmony/」はラスト、人類の自意識、その衝動全てが消える形で終幕となる。
多分、みんな穏やかで犯罪も戦争もない、ある種のユートピアだろう。
しかし伊藤計劃、恐ろしいオチにしたもんだな・・。
癌に侵され、常に死と背中合わせで執筆してた彼だからこそ、「人が生きるとはどういうことか?」というのを人一倍考えてたんだと思う。
この作品、めっちゃ深いよね。
というか、伊藤計劃アニメ3作品、
・<harmony/>
・屍者の帝国
・虐殺器官

いずれもがお薦めである。
まだ見てないという人は、ぜひご覧いただきたい。


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