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士郎正宗「攻殻機動隊」ゴーストとは?のアンサー「神霊狩」

今回は、「神霊狩/GHOST HOUND」について書きたい。
これは2007年に制作されたWOWOWアニメで、Production I.G20周年記念作品と銘打たれた大型企画だったんだが、さほど話題にはならなかった不遇の作品である。
しかしこれ、案外凄いのよ。
原案は「攻殻機動隊」でお馴染み、士郎正宗。
監督は「serial experiments lain」の中村隆太郎。
このサイバーパンクのトップクリエイターふたりがタッグを組んで、なぜかサイバーパンクじゃなく、その対極ともいうべきオカルトをテーマにしたという野心作である。

なぜオカルト?と不思議に思うだろう。
でも、「攻殻機動隊」でGHOSTは重要なキーワードだったでしょ?
それは「serial experiments lain」でも同じく。
両作品とも、主人公が意識体を肉体から分離させ、ネット世界にダイブするという描写は酷似していた。
つまり、士郎さんも中村さんも思考回路は同じなんだよね。
人間の意識体(GHOST)はプログラミング言語化が可能で、それができれば意識体まるごとコンピュータウィルスのようにしてネットに侵入させることができる、と。
ほら、映画「GHOST IN THE SHELL」のラスト、草薙が現世からネット世界へと消えたじゃん?
あれは肉体(彼女の場合は義体)を捨てて、意識体の本拠をネット世界の方に移したということ。
サイバーパンク作家の人って、割とそういうのが可能だと思ってるんだよね。
なぜって、そもそも人間の脳は電気信号(インパルス)で動いてるんだから、その信号まるごとプログラミング言語に翻訳すりゃ、ネット内でGHOSTとして生きられるはず、という考え方なんだよ。
つまり士郎さんも中村さんも、霊魂の実体はインパルス(意識体)だと解釈してるんだと思う。
こういうの、理解できる?
はい、私は理解できません(笑)。

草薙はダイブの際にキーボード操作など一切しないし、必要もないんだろう
なぜなら、意識体まるごとダイブしてるから

じゃ、「神霊狩/GHOST HOUND」本編の解説から入ろう。
まず率直にいって、私はこの作品ほど超常現象に科学的アプローチをしてる例は他に知らない。
作中、学者みたいな人たちがたくさん出てくる。
脳科学者、民俗学者、量子物理学者、生物学者、宗教家などなど、彼らが各々の専門的視点をもって超常現象と対峙していく。
そう、アプローチがめっちゃ真面目で誠実なのよ。
誠実すぎるがゆえ、エンタメ性はやや犠牲になってる感もあるけど、そこはやむを得まい。
士郎正宗はファンタジー作家でなくSF作家なので、超常現象をあくまでも科学的に、尚且つ客観的に解釈をしたい思いがあるようだ。
たとえば、主人公の少年たちが幽体離脱して行った先の世界のことを、民俗学者は霊的な「幽世(かくりよ)」と解釈するんだが、一方で量子物理学者はそれのことを「抽象世界」と名付けている。
そして量子物理学者いわく、「抽象世界」の方が実は世界の本体で、現世はそれをホログラムとして具体化した投影にすぎない、とまでいっていた。
一方で脳科学者は、それを脳の機能が起こし得る、ひとつの生理的現象だと説明する。
じゃ、誰の主張が正しいのかといえば、この作品ではそこに正解を求めないんだよ。
複数の解釈を並べ、多角的にそれを見る。
そこから先は、「皆さんも考えてみて下さい」というスタンス。
ね?
めっちゃ誠実でしょ?

エーテル体のような形態となる「幽世」
シナプスとニューロンに囲まれたような世界観の「抽象世界」

監督の中村隆太郎と脚本の小中千昭、彼らは以前「serial experiments lain」を手掛けたコンビゆえ、この「神霊狩」にもそれっぽさが垣間見える。
「serial experiments lain」の面白いところは、突然脈絡もなくナレーションが「ロズウェル事件」や「MJ-12」などの都市伝説っぽいネタを真面目に語り始めたりした点で、今回の「神霊狩」では毎回ラストにある次週予告編ナレーションがその役割を担っていた。
とにかく、やたら情報量の多いアニメである。
ある程度の予備知識がないと情報量に負けて話がワケ分からんようになるので、おそらくそのへんが本作品のヒットしなかった一因だろう。
見る人を選ぶアニメだ。
よって、ある人は「めっちゃ面白い!」と絶賛する一方で、またある人は「つまらん」と切り捨てている。
一応、制作サイドは後者のような人にも一定の配慮はしてる様子で、理解をできないならできないなりに「雰囲気アニメ」として楽しんでもらおう、というスタンスが伺えるね。
その一例が、「地獄少女」の岡真理子をキャラクターデザイナーに起用したこと。
お陰で、かなり「地獄少女」っぽい雰囲気が出てたと思う。
あと、11年前の児童誘拐事件の真相を軸にミステリーとしても成立させており、このへんは「ひぐらしのなく頃に」を少し思い出したよ。
とにかく色々な楽しみ方ができるので、もっと評価されていい作品だと思うんだ。
WOWOWアニメは、一般的な深夜アニメと違って視聴者に媚びないところがあるから、たとえ内容がよくてもいまいちヒットしないことが多いんだよね。
たとえば、私は「Ergo Proxy」とかめっちゃ好きなんだけど、世間一般ではあまり人気ないみたい・・。

哲学的ディストピア作品「Ergo Proxy」

話を「神霊狩」に戻すが、私がこの作品で興味深かったのは、幽体離脱した主人公たちが「ここは幽世?現世?」「分かんねえ」と混乱する描写である。
そう、あの世というのは異世界的な別空間ではなく、現世と重なり合ってる多層構造のひとつとして描かれてるんだよ。
つまり「電脳コイル」で描かれた、拡張現実(AR)をイメージしてもらえばいい。
メガネをかけてる人にはそこにあるホログラムが見えるけど、かけてない人には全く見えない、みたいな。
じゃ、この「電脳コイル」でいうメガネに該当するものは「神霊狩」の場合だと何になるかというと、ここでは繰り返し、大脳について言及される。

(第8話ナレーション)
「恐怖に代表される人の情動を司る偏桃体と、脳における情報のインターフェイスである海馬。
隣接したこのふたつが、記憶というものの神経回路メカニズム、リンビックシステムと呼ばれる。
リンビックは大脳の辺縁部位を示すが、語源であるギリシア語のリンボは、辺境、この世とあの世、現世と幽世の境界を表す言葉なのだった」

よく分からんが、偏桃体を活性化できる人間(めっちゃ怖がりとか?)ほど幽世を見られるってこと?
仮に大脳偏桃体が一種のAR世界を覗けるメガネだとしても、また何でそんな世界が存在するのか?

(第18話ナレーション)
「2008年、マッセー大学のブライアンウィットウォース博士は、宇宙の物理現象は全て情報として還元できるとした上で、我々が現実として捉えるこの世界は、実は他者がコンピュータ内に作った仮想世界であるとの学説を発表した。
手垢のついたSFのようだと評される一方で、一部の人々からは共感を得る。
というこの情報もまた、宇宙の中に統合されている・・」

おそらく「神霊狩」で提示されてる仮説は、我々の存在はどこか別の世界とリンクしたアバターのようなものであり、一方画素がアバター化してない、情報のみの基礎世界があって、そこを「抽象世界」と位置付けてるんだと思う。

「抽象世界」は、ホント抽象的であるww

さて、作中でよく出てきた「シャーマン」という言葉について。
どうやらシャーマンには「憑依型」と「脱魂型」の2種類あるらしく、我々がよく知るシャーマンは憑依型だが、一方で幽体離脱できる人もシャーマンなんだね。
で、作中では普通に訓練で脱魂をできるようになった子も出てきて、それは大脳偏桃体の刺激、つまり一種の強い思い込みで成し得たという設定だと思う。
また、ヒロインの子は憑依型なんだが、物語終盤は彼女に「ヒトコトヌシ」という古事記由来の神様が憑いてしまってエライ騒ぎになってしまう。
このヒトコトヌシが一体何だったのか、作中では最後まではっきりしない。
皆さんで考えてみて下さい、ということだろう。
彼女の父親はヒトコトヌシの研究家だったがゆえ、彼女が過去に文献で見たその神様を無意識に具現化した可能性も示唆されている。
これもまた、一種の思い込み?
作中では脱魂した主人公たちがイメージで姿形を変えたり、武装したりする描写もあるので、どうやらシャーマンというのはかなりイメージが強く関与するもののようだ。

この婆さんも憑依型のシャーマンで、幽世への干渉能力は本物だったと思う

あるいはこういうの、オカルト作品のくせに考証ネタが多すぎる、と感じるかい?
もちろん、こうして科学考証でストッパーをかけず、あくまでファンタジーとしてオカルトを徹底的に描いた方がエンタメ的に面白くなったのは間違いないだろう。
でも、そんなのは他のアニメがいくらでもやってくれるさ。
この作品は、あくまでSF作家の矜持を崩さずにやりたかったのではないか。
まさに野心作である。
最終回のオチが、なし崩し的に大団円となったのはさすがに「あれ?」と思ったが、そこを除けば全体として非常にクオリティ高い作品だったよ。
さすが士郎正宗作品だけあって、「攻殻」のタチコマっぽいロボが出てくるところも要注目です(笑)。

コミック版は、全然画風が違うんだね


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