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2022年11月の記事一覧

【短編・書簡】僕のあげた赤ワインのグラス

【短編・書簡】僕のあげた赤ワインのグラス

 君たちに会いたいなぁ。学生の頃なんでも打ち明けられた、あの君たちに。どうして今はこんなにも遠くに君達がいるように感じているのだろうか。もちろん住んでいる距離も遠くなった。身分も変わった。なのに、僕たちの関係性だけは何の発展性も無い。だからワイングラスでシラーやらテンプラリーニョやらを飲む時、君たちを懐かしく思ってしまう。僕たちは、一人一人を見れば間違いなく変わってしまったのに、僕たち三人は、何も

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【短編】葬儀の帰りに

【短編】葬儀の帰りに

 車の中はやけに蒸し暑かった。残暑の季節に、珍しく雨が降っていたからだろう。あるいは深夜をとっくに過ぎてしまっていたからかもしれない。田舎はこういう時に車が無かったら本当に不便なんだろうなと思う。緊急時には、もう移動手段が車以外にないのだから。大体、普段の生活でもそうだ。

 車のフロントガラスは、幾度となく大粒の雨に打ちのめされていた。弾くワイパーを嘲笑するように、天井から大量の水がなだれ込み、

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【短編】もうひとつだけ

【短編】もうひとつだけ

 この景色も、もう当たり前の景色じゃなくなるのだ。次見るときは「懐かしい」という感情に襲われる事になるのだ。ミズキはこの日、これまでの人生においては、かなり長い時間を過ごした場所を去る事になっていた。それは、人生においてみれば大した出来事ではなかったかも知れないが、その瞬間に立たされた人は誰でもそう思うように、これは一大事だと思っていた。人生において大きな意味を持ち、これから先の自分の運命を変えて

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【短編】絶望するには小さすぎて

【短編】絶望するには小さすぎて

 レイはずっと待っていた。今日という、一年のうちの一日が終わってしまうその前に、彼自身に自由な時間が与えられる瞬間を待っていた。彼はこの時すでに、度重なるアルコール中毒とその回復に、人生の大半を使い果たしてしまったために、もう長編小説を書くことができない体になっていた。“もう”などと言っても、今までだって一つも書いたことがないのだ。それでも彼は作家だった。短編ばかりで、後々には詩ばかりを書く様にな

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【短編】レゾンデートールよ永遠(とわ)に

【短編】レゾンデートールよ永遠(とわ)に

 「今日でもうおしまいなんだ。もうみんなの先生じゃなくなるが、お互いに頑張って生きていこうな。」という台詞が教壇での私の最後の言葉だった。それは、彼ら生徒たちにとっても私からの言葉としては最後となるものだったし、私の教師人生としても最後となるものだった。

 私は定年を目前にしていた。そして時代に取り残された。グラウンド拡大、および最寄駅からの通学を楽にするために、改修工事が行われることになった。

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【短編】丘の裏の火事

【短編】丘の裏の火事

 その日の夜、青年はワイナリーに立ち寄り、テーブル・ワインとして、テンプラリーニョを買った。1000円弱の物の割にはラベルも見応えがあり、キャップではなくコルクで栓がしてあったのが決め手だった。
 青年はその日、大学の課題をした後で、彼女に電話をした。二日後の旅行の話をしていた。その話の途中でワインを開けて、電話先の彼女と乾杯をした。栓を開けてすぐの赤ワインはまだ尖った味がした。20分ほど待ってか

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