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コトバノクズカゴ

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コトバノクズカゴ――校正校閲の現場から /名コラム「ことばのくずかご」に寄せて。言葉の今、を拾い集めてみました。/校正の仕事をしながら、本や新聞を読みながら、電車の中の会話を聞き…
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記事一覧

14. 「碁本」は専門用語か誤植か? 最高裁判所判例集の誤りの原因を考える

 これって「基本」の誤植かな?
 初校の校正紙に「碁本」という文字列を見つけて一瞬赤字を入れかけましたが、すぐに手を止めました。

 学術書など専門的な本を校正するときは、赤字を入れるのにとても慎重になります。
 専門書には、日常的に使っている言葉と同じでも専門的な意味で使われている場合や、よく使っている言葉で置き換えられそうなのに難しそうな漢字熟語が入っていることがあります。でもそれは間違いでは

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13. オオノさん、オオタニさん、ローマ字でどう綴っていますか?

 文化庁が毎年行っている「国語に関する世論調査」。令和2年度の結果が発表され、さっそくメディアも取り上げています。とくにコロナの影響を調べた項目が注目されているようですが、今回気になったのは「ローマ字表記に関する意識」の項目です。

 ローマ字は小学校で長音には長音記号を付けると習いました。例えば「オー」は「ō」と書き表します。でも実際には長音記号なしの表記も見かけます。「東京」「大阪」「京都」は

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12. ひらがな名前は不自由? 日本語の名前を中国語の文脈に置くとき

 4月からNHKラジオで「まいにち中国語」を聴いています。
 開始早々、発音で振り落とされそうになりながら、どうやら半年の講座を完走できそうです。

 そのダイアログのひとつで日本人の鈴木さんの名前が漢字で中国語読みされており、中国では日本人の名前は漢字の中国語読みなのか、では自分の名前を中国語読みしたらどうなるのか調べようとしました。

 ところが私の名前にはひらがなが混じっています。音が近い簡

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11. 東京五輪の開催で意味が拡大? 「コロナ禍」から「コロナ下」へ

 連日、東京オリンピックの報道に触れていて気になっていたのが「このコロナかで開催された東京五輪……」といったアナウンサーなどの言葉です。

 「コロナか」は「コロナ禍」か「コロナ下」か。

 (1)コロナ禍で開催された東京五輪
 (2)コロナ下で開催された東京五輪

「コロナ」は新型コロナウイルスまたはそれによる感染症の略として使われてきました。
 「コロナ禍」は、「コロナ」によって引き起こされる

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10.「人流」? 「人狼」と間違えるから「人の流れ」と言って

 「人狼」を止めないといけない?

 コロナウイルス感染症が拡大したため、首長が市民に外出自粛を呼びかけた映像がテレビで流れています。

 ああ「人流(じんりゅう)」か、「人狼(じんろう)」ってどういうことかと思っちゃった。「人の流れ」と言ってね――

と、ついテレビに向かってひとり言をつぶやいていました。

 昨年から、コロナウイルス感染症にまつわる数々の耳慣れない用語や造語が世の中に流れていま

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9.「滝のおトイレ」ってどんなトイレ? ――トイレの名前からバリフリーを考える

 ずっと耳だけで聞いていたコトバについて、意味や当てる漢字を間違えていたということがたまにあります。

 例えば「滝のおトイレ」について。

 駅のトイレに行くと「右は女子トイレです。左は男子トイレです。その先は滝のおトイレです」といったアナウンスがよく流れています。

 「滝のおトイレって何だろう?」とそのたびに不思議に思っていました。それが「多機能トイレ」だったと気がついたのは、実はわりと最近

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8.幼馴染に会ったら、童心に「帰る」のか「返る」のか?

「あれ? 私、間違って使っていたのかな」

 校正作業中に、自分が普段使っている漢字表記と異なる使い方が出てくるとヒヤッとします。

「童心に帰る」。

 いや、「返る」のはず。と思ったものの、思い込みは校正者には禁物。ここは調べる場面です。

 まずは国語辞典。

 『精選版日本語大辞典』では「事物や事柄が、もとの場所、状態などにもどる」の意味で「返・帰・還」を載せています。『広辞苑(第6版)』

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7.「湧く」と「沸く」。アスリートの言葉は深い

 スポーツ報道は速報性が優先するという事情もあるのでしょうか、WEB版はちょいちょい赤字を入れたくなることがあります。

 「自信になります」が「自身になります」になっているのは、単純な変換ミスなのでわかりやすいのですが、アスリートの発言を記事にしたものは、言葉のひとつひとつに特別な意味が込められているので、誤りと言い切れないなあと考えてしまうこともあります。

 例えばさっき見た記事:

  羽

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6.としまえんの回転木馬は「メリーゴーランド」?  遊園地で迷子になった「ウ」

 高い所が苦手なので、遊園地ではジェットコースターや観覧車は通り過ぎ、もっぱらコーヒーカップやお化け屋敷を楽しんでいます。

 回転木馬に初めて乗ったのはとしまえん。華やかな色彩と装飾、一頭一頭の姿が異なる木馬に驚いたことを覚えています。

 その回転木馬が100年以上前にドイツで作られ、アメリカを経て日本にやってきたと知ったのは、閉園後の新聞記事でした。
 そしてさらにその記事で注目したのは、回

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5.栄養を「取る」だけでは不十分? 摂取しないといけない業界

 フリーランスになって、特に最近はWEB制作会社さんや事業会社さんと直接お仕事をさせていただくようになってから、美容や健康、グルメなど今まであまりご縁がなかったジャンルの校正校閲を扱うようになりました。

 分野が違うとよく使われる単語も異なり、漢字表記にも独特の使い方が見られます。

 例えば食品や化粧品を販売する企業のオウンドメディでは
「食事を摂る」
のように「摂」をよく使います。
 「食事

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コトバノクズカゴ:はじめに

 片田舎の本屋さんで出会った月刊「言語生活」(筑摩書房刊)。
 見坊豪紀さんの「ことばのくずかご」を読んで、今目の前でダイナミックに変化し続ける言葉の面白さに惹きこまれました。

 その「言語生活」休刊から一世代分の時間が過ぎました。言葉は移ろい、言葉を扱う編集の現場も随分変わりました。

 出版社で編集の仕事に就いたときは、既刊本は活版印刷、新刊はオフセットで、という印刷方式の転換期でした。校正

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1.私たちはなぜ、「障がい」と書くのか(1) 「障碍」ではなく「障がい」が広まった

 最近は公的な機関が出す文書にも、身体や精神のショウガイを「障害」と漢字二文字ではなく、「障がい」と漢字と平仮名で書かれたものを見かけるようになりました。
 「障がい」が使われ出した時期は、はっきり記憶していません。気がついたら「障害」の「害」は他に害を及ぼすという意味があり差別を助長するので「障碍」を使うべき、といった主張をメディアで見かけるようになっていました。

 もしその意見に同意する人が

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1.私たちはなぜ、「障がい」と書くのか(2) 「碍」を常用漢字表に入れるべきか

 文化庁には、常用漢字表に「碍」を入れるように要望が届いているそうです。
 漢字という文字は無数にあり、新たにいくらでも作ることが可能です。
 しかし皆が自分の好きなように漢字を使ったら、たとえば、市の広報紙の漢字の使い方がバラバラだったら、大事なお知らせがちゃんと伝わらないかもしれません。そのため情報伝達やコミュニケーションが円滑に行われるよう、日常的に使う漢字の目安を定めたのが常用漢字表です。

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1.私たちはなぜ、「障がい」と書くのか(3)校正の現場ではどう対応するか

 表記統一や校正は、クライアントからの指示通りに行うのが原則です。ただ、企画趣旨に沿って、こうしたらもっとよくなる、という提案をすることはあります。
 たとえば、著者が「障碍」にこだわって使っており、編集者から「障碍」で統一するという指示があればその通りにします。しかし校正の依頼があるのは、そもそも多くの人に読んでほしい、理解してほしいからなので、初出にはルビを振ってはどうでしょうか、といった提案

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