1.私たちはなぜ、「障がい」と書くのか(2) 「碍」を常用漢字表に入れるべきか

 文化庁には、常用漢字表に「碍」を入れるように要望が届いているそうです。
 漢字という文字は無数にあり、新たにいくらでも作ることが可能です。
 しかし皆が自分の好きなように漢字を使ったら、たとえば、市の広報紙の漢字の使い方がバラバラだったら、大事なお知らせがちゃんと伝わらないかもしれません。そのため情報伝達やコミュニケーションが円滑に行われるよう、日常的に使う漢字の目安を定めたのが常用漢字表です。「害」は常用漢字で、小学校で習う教育漢字にもなっています。一方「碍」は、教育漢字や常用漢字にも入っていません。

 では、「障害」は常用漢字表に「碍」が入らなかったかわりに使われているのでしょうか。
 本来「障碍」と書かれていたものが、「碍」が常用漢字に入っていなかったので、同じ読みをする「害」を代用して「障害」と書くようになったのでしょうか。

 以前、明治時代の文章に「障害」という言葉を見かけ、それが「障碍」と同じ意味で使われていたので、もしかしたら昔から「障害」と「障碍」は通用されていたのではないかと推測しました。読みが同じで意味が近いので、同じ意味で使われるようになったのかもしれません。だとすれば、すでに一世紀ぐらい前から「障害」と「障碍」の使い分けは厳密ではなくなっていたことになります。

 通用されている用例をもっと集めたらはっきりします。ただ自分で調べるのは面倒だったので、誰か資料を調べて裏付けしてくれないかなあと思っていたら、文化庁がちゃんと調査していました。
 「『障害』の表記に関するこれまでの考え方(国語分科会確認事項)」*という文書の「「障害」と「障碍(礙 がい)」に関する歴史的経緯について」という項で次のように整理しています。

 ・ 「障害」は,戦前から用いられており,江戸時代末期の辞書にも確認できる。
 ・ 「障害」と「障碍(礙)」は,「しょうがい」と読まれる場合には,明治期から同じ意味で用いられており,明確な使い分けはなかったと考えられる。
 ・ 大正期には,「障害」の方が多く用いられるようになったと考えられる。
 ・ 戦後,当用漢字表,常用漢字表に「害」が入り,「障碍(礙)」という表記は少なくなっていった。
 ・ 「障害者」という言い方が広く用いられるようになったのは,戦後になってからであると考えられる。
 ・ 「障碍(礙)」という言葉は「障害」より以前からあったものの,明治期までは「し ょうげ」と読まれる場合も多く,その経緯等を踏まえる必要がある。

*文化庁 平成30年11月22 日文化審議会国語分科会 

「『障害』の表記に関するこれまでの考え方(国語分科会確認事項)」
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/pdf/r1393555_02.pdf

 もし「碍」を常用漢字に入れたとしたら、どんなことが起きるでしょうか。
 「障害」と同様に、「妨害」にも「妨碍」の表記があります。「障碍」「妨碍」が「障害」「妨害」と差し替えになるのでしょうか、それとも両方とも許容されるのでしょうか。ことは一文字の問題ではなくなります。また「障碍」が多数派とは言い難い現状で、「碍」を常用漢字に加えるのは、常用漢字の趣旨からはずれている気がします。

 おそらく「障碍」派の、漢字「碍」へのこだわりは、人に関わる「障碍」という熟語に限定したものです。とすると、常用漢字表とは切り離して考えることが必要なのではないでしょうか。*

*以下に、「ショウガイ」の表記と常用漢字表に関する意見がまとめられています。
文化庁 令和元年10月18日 国語課題小委員会(第31回)
配布資料4「常用漢字表に関するこれまでの意見(案)
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/kokugo_kadai/iinkai_31/pdf/r1422127_04.pdf


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