8.幼馴染に会ったら、童心に「帰る」のか「返る」のか?

「あれ? 私、間違って使っていたのかな」

 校正作業中に、自分が普段使っている漢字表記と異なる使い方が出てくるとヒヤッとします。

「童心に帰る」。

 いや、「返る」のはず。と思ったものの、思い込みは校正者には禁物。ここは調べる場面です。

 まずは国語辞典。

 『精選版日本語大辞典』では「事物や事柄が、もとの場所、状態などにもどる」の意味で「返・帰・還」を載せています。『広辞苑(第6版)』も同様ですが、「童心」を引くと「童心に返る」の例が出ています。『明鏡』では「もとの状態に戻る、特に、本来的な状態に戻る」の意味で、「童心に返る」「自然に返る」「原点に返る」が例示されています。

 では「帰る」「返る」の使い分けは、「帰」「返」の字義によるのでしょうか。
 日本語に当てられた漢字は、元の字義から離れた使い方をされている可能性があります。そのため漢和辞典を調べても答えが見つからないことも多いのですが、日本語の中での漢字の使い方を調べる時によく引くのが『新潮日本語漢字辞典』です。

 それによると、「返る」の「元の状態に戻る」の意味では、「童心に返る」ほか「初心に返る」「生き返る」「若返る」の例がありました。また「帰る」は「目的地から出発点まで戻ること」とあります。

 大雑把ですが、二つの「かえる」の違いは、「帰る」は元の場所に戻ること、「返る」は元の状態に戻ること、といってよさそうです。

 では校正紙に戻って、「童心に帰る」は「返る」に直せばよいのでしょうか。

 ここでもう一つ、調べるものがあります。『記者ハンドブック』です。
 共同通信社のほかにも新聞の用字用語集を出しているところはありますが、なぜか制作現場では共同通信社版が広く使われています。特段に指定がなければ『記者ハンドブック』に従うこと、とクライアントから指示されることがよくあります。

 さて困ったことに『記者ハンドブック』は「童心に帰る」「初心に帰る」を取っていました。

 国語辞典は様々な場面での日本語の使われ方を研究したものがベースになっています。『記者ハンドブック』は情報伝達手段としての新聞記事をわかりやすく、伝わりやすくするための用字用語集です。

 新聞や情報メディアで「帰る」が普通に使われているのであれば、一概にどっちが正しい、間違いということにはなりません。

 目の前の「童心に帰る」は、企業が顧客に生活情報を発信するメールマガジンの記事中のもの。その号ではここ一か所のみなので、表記統一ということでは「ママイキ」で支障はなく、赤字は入れませんでした。

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