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子育てを楽しむ〜子供が転んだら
1才を過ぎて外を歩くようになったら、膝の出る服を着せている時は、転んでもケガをしないように必ず膝に膝当てをつけていました。
当時は子供用の膝当てはなかったので、私のソックスを切って代用していました。
子供はよくころびますよね😅
そんな時私は
「大丈夫〜?😨」などとかけよったり、
抱き起こしたりしませんでした。
子供が転んだららすぐに、
「あれ〜?これ、なんだろ?」
と、あたかも珍しいも
子育てを楽しむ〜好奇心を育てる…初めてのはさみ
私は2歳頃からハサミに興味を持ち出したら子供用のハサミを与えました。
初めが肝心。
まずハサミの先で子供の手をつつきます。
「痛いね〜😱こわいね〜😱
気をつけようね〜😊」
次にハサミを開いて子供の手を軽く挟みます。
「痛いね〜😱怖いね〜😱
だから、絶対おててはさまないようにしようね😃」
すると子供は、
それはそれは慎重にハサミを握り、紙を抑える手を挟まないように集中します。
子育てを楽しむ〜世界で1番大事な子供に
私にとって世界で一番大切な子供達。
その子供達には
私の一番いい笑顔と
私の一番いい声を与える事を心がけていました。
そう思ったきっかけは
ママ友と、子供を遊ばせながらおしゃべりしていた時の事です。
ひとりの子がママのところにやって来ました。
するとそのママはさっきまでおしゃべりしていた時の声のトーン(かわいい声)とは打って変わって、ドスのきいた声で
「なに😤?」
と、言いました。
その
子育てを楽しむ〜対応に困ったら
日常の子供とのいろんな場面で
対応に困ったら
自分が子供だったら、
このシチュエーションで親になんて言って欲しいか、
どんな対応をして欲しいか、
それを考えて
自分だったらこうして欲しいと思うことを子供にやってあげればいいのです。
ちゃんと子供の立場に立つと、
なぜこの子がこんなことをするのかが理解できます。
そうすれば
おのずと答えが出ます。
簡単なことなのです。
私が怒らない、叱
子育てを楽しむ〜アウトレットで見た光景
6歳位の男の子。
その子のこざっぱりとした服の様子から、富裕層?笑。
「ちゃんと歩きなさい!」
「何で言う事きけないの!」
「いったい何が気に入らないんだ!」
男の子はババとママに口ぐちに怒られて下を向いて固まっていた
そもそもアウトレットなんて子供にとって何の楽しみもない。
親のペースで歩かされるだけ。
迷子にならないようにという親の配慮から
「ここにいなさい!」
と親のそばにいさせられ
子育てを楽しむ〜良い子って
おばあちゃんに子供を預ける時
「おばあちゃんの言う事よく聞いて、良い子にしててね。」なんて言いますよね。
良い子って何?
親や先生の言う事をよく聞いてその通りに行動する事?
大人にとって都合の良い子、が「良い子」っていう風潮があるように感じます。
でも、そんな子供時代を強制されたら、
いずれ「指示待ち人間」になってしまうか、
意欲のない大人になっていまうか、
心を病んでしまうかもしれません
子育てを楽しむ〜発達障害児との一場面
ウチの鍼灸院の常連の方が7歳の発達障害のある男の子を連れてきました。
この子は何度もウチに来ていて私とも顔見知りです。
その子は今、車に夢中です。
その日は玄関に入るなり
「ピーポー ピーポー」大きな声が聞こえてきました。消防車のようです。
「ピーポー ピーポー ピーポー…」
彼の頭の中では消防車が走り回っています。
お母さんが「やめなさい」と何度言っても消防車は走り続け、むしろさらに声
子育てを楽しむ~子育ての結果は思春期以後に出る
親として子供に本当に望む事は、
大人になった時に充実した人生を送れる人間に育つ事だと私は考えています。
成人し、自立した時に、
人生を楽しむことができる人になる事。
自分を大切にし、自己肯定感がある。
だからこそ他人を思いやる余裕がある。
そんな大人になってほしいと思っています。
子供時代は、成績が良いとか、走るのが早いとか、野球やサッカーが上手いと目立つ存在です。
でも、子供時代輝いて
気から観た病気の原因〜怒る
東洋医学では「怒りは肝の気を傷る(やぶる)」と言います。
肝は肝臓の肝です。
肝臓胆嚢辺りの気が滞り、元気が無く動きが悪くなってしまうのです。
さらに肝の気が乱れると「熱を生じる」性質があり、「温かいものは上に上がる」というこの世の物理法則により、その生じた熱は身体の中の上、すなわち頭に溜まり頭がカッカした状態になります。
そうなると
睡眠障害、もの忘れ、めまい、平らな所てつまづく、ひどくなる
子育てを楽しむ〜子供を1人の人間として対等に観る
目に見えている子供
小さくて
世間を知らなくて
1人で生きていけない存在です。
でもその「命の尊さ」というか、
「魂の尊さ」というか、
「存在の重さ」みたいなものは
親と同等です。
なので私は子供を赤ちゃんのころから
「私と同等の人間」
として見ていました。
腕の中にいる小さな赤ちゃんですが、
私のイメージの中では
私と同じ大きさの「存在」として観ていたのです。
だから「○○しようね〜」と